次の記事 前の記事

Now, Then!

神話と植物の物語ー北イタリア紀行ーVol.12

2020.11.10

文・写真/乾 ゆうこ

 北イタリアをめぐる旅も、いよいよ最終回です。
 では、ウーディネ(Udine)へ。この街はヴェネツィアから電車で2時間ほどですが、ヴェネツィアのあるヴェネト州とは違って、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州(Friuli-Venezia Giulia)という、北イタリアの最東端にあたる州にあります。中央ヨーロッパに含まれるスロヴェニア(スロヴェニア共和国)との国境は、もうすぐそこ。オーストリア(オーストリア共和国)とも接しています。
 市庁舎(Palazzp del Comune)のあるリベルタ広場(Piazza della Liberta)には、翼のあるライオン像が、まるで空に飛び立つかのように浮かんでいます。サン・ジョヴァンニの柱廊(Porticato di San Giovanni)の時計塔(Torre dell'Orologio)では、ムーア人が鐘を鳴らします。
 なるほど、この街は1420年から1797年までヴェネツィア共和国に統治されたので、ヴェネツィア風に翼のあるライオンや、ムーア人の人形があるのでしょうね。市庁舎もヴェネツィアン・ゴシック様式です。
 このあたりは歴史的に古く、新石器時代から人が住んだといわれますが、富豊かなヴェネツィア共和国とともに、この街も大いに栄えました。

リベルタ広場にある市庁舎
リベルタ広場の市庁舎と別方向
奥に見える美しいアーケードはサン・ジョヴァンニの柱廊
柱廊の時計塔の2人のムーア人

 大聖堂(Duomo)は、ヴェネツィアの統治下に入る前につくられて、18世紀に修復されたそう。併設されているドゥオーモ美術館(Museo del Duomo)のポスターに惹かれて中に入ると、その大理石像にやっぱり魅了されてしまいました。
 優美な石たち。
 静謐さのうちにエネルギーの凝縮した、祈りの形の美しさは、宗教を超えて語りかけてきます。

1236年に建設が始まったという大聖堂の正面。
1348年のフリウリ地震でひどく破壊されたそう。
このファサードは、バラ窓が大きな窓から小さな窓に変えられました
大聖堂の中へ
舞台のようにドラマティックで美しい
なんと荘厳で感動的な祭壇でしょう!
大聖堂の前には立体花壇が集合していたのだけど
その立体花壇が歩いているように見えてしまう…
ドゥオーモ美術館のポスターに惹かれて
祝福されたベルトランド・ディ・サン・ジェネシオの石棺(l'arca del beato Bertrando di San Genesio)

 街の中心に丘があり、そのうえには16世紀に建造されたウーディネ城(Castello di Udine)が建っていますが、城の起源は古く、10世紀後半には文献でも確認されるようです。現在は考古学博物館や写真美術館、絵画館などを備えた市民美術館(Civici Musei)として開かれて、この地方の奥深い歴史や文化、芸術に出会うことができます。

 美術館を目指して、樹々を眺めながら丘を登っているうちに、オウィディウスの書いた『変身物語』の一部分が思い出されてきました。このシリーズ最後の回には、大好きなその部分を、そのままご紹介したいと思います。

 竪琴の名手オルペウスの奏でる音楽を聴こうとして、なんと樹々がつぎつぎと飛来するのです。南イタリア紀行シリーズで書いた樹々も登場しますよ。

 「とある丘があって、その丘のうえは、たいそう平らな野原になっている。ここには、一面に青草が茂っているが、日よけになるようなものが、何ひとつない。だが、神々の血を引く楽人(がくじん)オルぺウスがここに座って、響きのよい弦をかき鳴らすと、たちまち木々が飛来して、陰ができるのだ。

  樫の木がやって来る。パエトンの姉妹たちが変身したポプラたちも、やって来る。高い葉をつけた柏、しなやかな菩提樹、ぶな、処女(おとめ)ダプネがなり変わった月桂樹——それらも同類だ。それから、脆(もろ)い榛(はしばみ)、槍の柄(え)に使われるとねりこ、こぶのない樅(もみ)、たわわに実をつけるうばめがし、ひと目を楽しませるプラタナス、斑入(ふい)りの葉をもった楓(かえで)。さらには、川辺に生える柳や、同じく水を好む蓮(ロートス)、常緑の黄楊(つげ)や、ほっそりしたぎょりゅう、緑と黒の実をつける桃金嬢(てんにんか)や、黒いのしかつけない忍冬(すいかずら)が、つづく。まといつく常春藤(きづた)、巻きひげもつ葡萄樹、その葡萄樹に絡みつかれた楡(にれ)、ななかまど、えぞまつ、赤い実をつけた野苺(「苺」の字に、いちご)——そんなものも、オルペウスを慕い寄る。勝利者への賞となる、柔軟な棕櫚(しゅろ)、まるで髪を刈り上げたかのように、てっぺんだけが茂っている笠松も、同じだ。最後の、この松は、神々の母キュベレのお気にいりだが、それは、彼女の寵(ちょう)をうけたアッティスが、人間の姿を捨ててこの木となり、あの固い幹に変じたからだ。」(岩波文庫『変身物語』よりそのまま引用、カッコ内は原文でのフリガナ)

こんな坂道を
こんな樹や
こんな実を眺めながら歩いていくのは楽しいこと
オルペウスが座って奏でそうな野原!

 国境の近い街には、ある独特のムードが漂います。いろいろな要素が混ざりあっている、辺境の魅力。
 いろいろなものが混ざりあえる、混ざりあうことを認める、混ざりあうことを当然とする。そういう、〈自由さ〉も、きっと大きいでしょう。どこにも属さない自由さすら、あるかもしれません。
 自由になると、呼吸もゆるやかに、体もしなやかになっていくものです。そうするときっと、小鳥の声や植物の声も、聴こえやすくなることでしょう。

 このシリーズを書かせていただいているあいだ、おもしろいことに、夢のなかでも神殿を歩いたりしていました。水に浸かった石の階段を下りて行く…その足の感覚を、夢から覚めても覚えていたりしました。
 そんなふうに、古代につながることもできるのかもしれませんね。

 そして、この連載中に、世界中がウイルスの脅威に驚愕し悲しむという、大きな困難に遭遇した衝撃は忘れられないことです。連載の舞台が北イタリアなので、かの地が早い時期に大変辛い思いをしたことは、とても辛く、また、動揺しました。
 この時代を乗り越えるのはほんとうに大変なことだけれど、世界は今自らを振り返り、叡智を探し、きっと素敵な道を見つけていくことでしょう。すばらしい歴史や文化、芸術、先人たち、そして同時代に生きる仲間たちに、愛と敬意をもちながら、わたしたちは進んでいくでしょう。
 
 いつもお読みくださり、ありがとうございます。
 またどこかの地で、お目にかかれますように。

そろそろ美味しいものも
フリウリ特産の生ハム、プロシュット・ディ・サン・ダニエーレ(Prosciutto di San Daniele)はやっぱりすばらしい
料理も、オーストリアなどからの影響が融合して、ウーディネならではの美味しさ
丘のうえの、美術館の向かいの建物がレストランとして使われていました
リベルタ広場と丘は、リッポマーノのアーケード(Porticato del Lippoman)
でもつながっています
丘に建つサンタ・マリア・デル・カステッロ教会(Chiesa di Santa Maria del Castello)の鐘楼に立つ大天使。
登り坂がそろそろ苦しくなってきたころ、天使がきらきらと輝くのが見えて、もう一息!とがんばれました
丘のうえからは雪の山々も望める
そして山の向こうには、また別の世界が広がります

これまでの「神話と植物の物語―北イタリア紀行―」は以下のリンクでお読みいただけます。
Vol.1はこちらから
Vol.2はこちらから
Vol.3はこちらから
Vol.4はこちらから
Vol.5はこちらから
Vol.6はこちらから
Vol.7はこちらから
Vol.8はこちらから
Vol.9はこちらから
Vol.10はこちらから
Vol.11はこちらから

クリエイターの紹介

乾 ゆうこ

ライター

ホリスティックハーバルセラピスト。大学時代に花椿編集室に在籍し、「ザ・ギンザ・アートスペース」(当時の名称)キュレーターを経て、ライター・エディターとして活動。故・三宅菊子氏のもと『フィガロ・ジャポン』『家庭画報』などでアート・映画・カルチャーを中心に担当。出産を機に伝統療法や自然療法を学び、植物の力に圧倒される。「北イタリア植物紀行(全4回)」「アイルランドから〜ケルト植物紀行」(ともに『クレアボー』フレグランス・ジャーナル社)など執筆。生活の木(表参道校)では不定期にクラスを開催している。

もっとみる

こちらもおすすめ