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Now, Then!

神話と植物の物語ー北イタリア紀行ーVol.9

2020.08.10

文・写真/乾 ゆうこ

アドリア海の眩しい砂浜のあるリミニ(Rimini)は、エミリア・ロマーニャ州でもっとも南のあたりに位置して、中部イタリアにも近く、温暖で、高級リゾートとしても人気のある街です。素敵なヴィッラの並ぶ通りもあります。
 すでに古代ローマ時代に、ローマ(Roma)からリミニまで、フラミニア街道(Via Flaminia)ができました。そしてさらに、リミニからピアチェンツァ(Piacenza)まで 、エミリア街道(Via Emilia)が続きます。

 リミニはフラミニア街道の終点ですが、その場所には紀元前27年に建てられた凱旋門が残っています。これは、古代ローマ時代の現存する最古の凱旋門だそう(アウグストゥスの凱旋門 Arco d’ Augusto)。ローマとリミニはイタリア半島(アペニン半島)の西と東、半島の反対側です。その移動は、なんとも大変なことだったでしょう。
 けれど、それが可能な地形だった、ということでもあるのでしょうか。リミニは交通や交易に重要な土地として、紀元前からさまざまな民族が住んで、やがて古代ローマ帝国時代に輝かしく繁栄しました。そしてその後も、主を替えながら歴史を重ねます。

トレ・マルティーリ広場(Piazza Tre Martiri)
未完のファサードのマラテスティアーノ教会
(Tempio Malatestiano)

 そしてまたこの街は、イタリアの誇る映画監督、フェデリコ・フェリーニの故郷でもあります。駅前のカフェの名前からして、〈Otto E mezzo〉、彼の監督映画『8 1/2』の原題です。
 
 古い広場は、『フェリーニのアマルコルド』(“Amarcord”)に登場して、幾度となくバイクが猛スピードで通過したり、春を祝う祝祭にみんなが椅子やらなにやらどんどん持ってきて燃やしたり、雪に覆われた噴水へ孔雀が飛んできて、まるで凍っている噴水のかわりのように、大きく羽を広げたりする、あのカヴ―ル広場(Piazza Cavour)。(じっさいにはチネチッタに巨大なセットを組んでスタジオ撮影されたとか。それもすごい話ですが)

ピーニャの泉(Fontana della Pigna)ピーニャはマツカサのこと

 映画のタイトル“Amarcord”は、「私は覚えている」という意味だそう。覚えていること、つまり〈記憶〉の集積のうえに私たちは生きているんだよね、とあらためて思い出すよう。
 〈記憶〉というものは、ときにメランコリックでもあり、どこか甘美でもあり、ときどき取りだして眺めてみると、そこからまたひとつの旅が始まりますね。

 リミニは、戦争でとりわけ激しい爆撃を受けた街で、街の広範囲が破壊されたといいます。そんな悲しい記憶も、忘れてはならないこと。

 そういえば、ギリシア神話の、始まりのほうで生まれたティーターン族のなかには、女神ムネーモシュネー=〈記憶〉もいます。そして彼女とゼウスから、詩歌の女神ムーサたちが生まれます。神々の世界で、ㇺーサたちは音楽を奏でたり、舞ったりするのです。
 そして古代では、吟遊詩人たちのうたう叙事詩によって、〈記憶〉や〈歴史〉が語りつがれました。

 さて、映画の舞台となったグランド・ホテル(Grand Hotel Rimini)へは、もうぜひとも行ってみたくて、ここはミーハーにウキウキとタクシーに乗り込みました。
 ホテルには、もちろんフェリーニの写真も飾ってあります。

 ロビーの一角の、テーブルの灰皿に置かれたリンゴ。なかなか粋な、そして意味深いニュアンスを感じますね。
 さあ、では、リンゴのお話です。ギリシア神話で語られるのは、黄金のリンゴのこんなお話。

 世界の西の果て、アトラス山の麓にあるヘスペリデス(宵の明星へスペロスの娘たち)の園に、黄金のリンゴのなる樹があります。これは、最高神ゼウスがヘーラーと結婚するときに、母なる大地ガイアから贈られたものでした。
 ある結婚の祝宴のときに招かれなかった〈争いの神〉は、このリンゴに、「もっとも美しき者へ」と書いて、祝宴の会場に投げいれます。そして、誰がもっとも美しいか決めるために、トロイア王プリアモスの息子のパリスが審判することになりました。

 最高神ゼウスの妻ヘーラー、知恵の女神アテーナー、そして美の女神アプロディーテーが、自分を選んでもらおうと、パリスにそれぞれ贈り物をします。その結果、パリスは、「世界一の美女を妻にしてあげよう」というアプロディーテーに、このリンゴを与えました。

 そうしてパリスは、世界一の美女といわれるヘレネーを訪れます。彼女は、白鳥に変身した最高神ゼウスと、レダの娘で、スパルタ王メネラーオスの妻でした。
 王のメネラーオスがクレタ島に行っている間に、パリスは彼女を口説きます。美の女神の力を借りた若い王子は、このうえなく美しかったことでしょう。ヘレネーは心を奪われてしまいました。二人はトロイアへ向けて出発します。

 クレタ島から帰ったメネラーオス王は全てを知り、トロイアへ向かって兵を挙げます。こうして、10年あまりにわたるトロイア戦争が始まってしまいました。

 アダムとイヴの食べてしまう、禁断の果実としてのリンゴの話もありますし、他の地域にもこの実を巡る神話はあります。毒リンゴのお伽話もありますね。現代の「神話」に登場しているとも言えそうです。
 昔も今も、洋の東西を問わず、リンゴにはなにか魔法的なものがあるようですね。

クリエイターの紹介

乾 ゆうこ

ライター

ホリスティックハーバルセラピスト。大学時代に花椿編集室に在籍し、「ザ・ギンザ・アートスペース」(当時の名称)キュレーターを経て、ライター・エディターとして活動。故・三宅菊子氏のもと『フィガロ・ジャポン』『家庭画報』などでアート・映画・カルチャーを中心に担当。出産を機に伝統療法や自然療法を学び、植物の力に圧倒される。「北イタリア植物紀行(全4回)」「アイルランドから〜ケルト植物紀行」(ともに『クレアボー』フレグランス・ジャーナル社)など執筆。生活の木(表参道校)では不定期にクラスを開催している。

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