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神話と植物の物語ー北イタリア紀行ーVol.6

2020.05.10

文・写真/乾 ゆうこ

16~17世紀にイタリアでは、ヴィッラ(別荘)を持つことが流行りました。それは当時のステータスでもあったし、自然や田舎へ憧れる風潮でもありました。
 優雅なヴィッラの建築や庭園を見ることは、だから愉しい。喜びや遊びや創造、ときに陰謀や秘密もあったかもしれませんけれども。日常からちょっと離れてくつろいだ気分が、館から伝わるよう。
 Vol.5の植物園のある街パドヴァ(Padova)は、ヴェネツィアから電車で30分ほどの距離ですが、パドヴァとヴェネツィアは運河でも繫がっています。その運河(ブレンタ川)沿いに、裕福なヴェネツィア貴族たちのヴィッラが、現在でも80箇所ほど残っているそうです。

 フォスカリ荘(Villa Foscari)は、「ラ・マルコンテンタ」(La Malcontenta)とも呼ばれます。「マルコンテンタ」という言葉は、「不満な」とか「不平な」という意味なのです。実際、そんなおかしな名前の残ってしまうエピソードもあったのですね。

パッラーディオによる建築のフォスカリ荘

 貴族や富裕層のヴィッラは、みなそれぞれ建築や内装に贅をこらしていますが、ヴィドマン荘(Villa Widmann)には素敵な庭園がありました。

ヴィドマン荘

 こうした庭園に、バラは欠かせない植物です。その美しさ、香りの芳しさで、メソポタミアやエジプトなどの太古から、人々を魅惑し、人々に愛されてきた花。ナポレオンの妻ジョゼフィーヌは、各地からバラを取り寄せて城に植え、品種改良まで手がけました。
 バラの神話や伝説も、世界中にたくさんあります。
 ギリシア神話では、バラは愛と美の女神アプロディーテーの誕生とともに生まれた、ともいわれます。ここでは、バラに変身させられた乙女の話をご紹介しましょう。

 その頃ギリシアでは、男性たちは数人一緒になって女性に求婚していたそうですが、ローダンテという、賢くて誇り高い美しい乙女が求婚されたときのことです。

 そのときローダンテは困って、太陽神アポローンと月の女神・狩猟の女神であるアルテミスを祀った神殿に隠れようとしました。ところが、求婚者たちはすばやく神殿にやってきます。
 彼女は激しく怒って、「ここは聖なる神殿です」と訴えました。
 その様子がたいへん気高く、いっそう美しかったために、求婚者たちはいよいよ興奮します。

「彼女こそ女神だ! 彼女をアルテミスの座に祀ろう!」と、アルテミスの像を降ろし、ローダンテを祀りあげようとします。

 ちょうど、真昼の中空から見下ろしていた太陽神は、妹である月の女神への、冒瀆を目にして、激昂しました。そして、ただちに、きらめく太陽の矢を、ローダンテに射放ちます。

 その美しさは花の美しさに。
 その誇り高さはバラの刺に。
 瞬く間に、彼女はバラの姿に変わってしまったのでした。

 さて、ヴィドマン荘に戻りましょう。
 その広大な庭園には、植物に見え隠れして、あちらこちらに佇む彫像たちが!

庭園から見た館
庭園の奥には密やかな池も

 彫像とは不思議なもの。ほんとうにじっとしたままなのか、と疑ってしまいたくなることはありませんか。夜になって誰もいなくなったら動き出すのではないかしら、とか、彫像同士でおしゃべりしたり、目配せしあったりしているんじゃないかしら、とか。しまいには、なんだかこちらが、じっと見られているような気もしてきたり。
 そんなふうに思うのは今も昔も変わらないらしく、すでにギリシア神話にも人形に恋するピュグマリオンが登場します。

 独身のピュグマリオンは、真っ白な象牙をすばらしい技術で刻んで、見たこともないような麗しい女性像を作りあげました。
 そして、自分で作ったその像に恋をしてしまいます。  
 優しい言葉をかけたり、素敵な贈り物をしたり、綺麗な衣裳を着せてみたり。
 
 女神アプロディーテーの祭日がやってくると、彼は女神に供物をささげて、祈りました。
 「どうか私の妻として…」。

 すべてを語らなくとも、愛と美の女神は理解します。そして、それを叶えたぞ、というしるしを贈ります。炎が三度、燃えあがりました。

 急いで家に戻ると、今まで象牙の像だった乙女は人間の乙女となり、ピュグマリオンをみつめました。やがてアプロディーテーも立ち会って、二人は結婚することもできました。

 このお話にはまだ続きがありますが、ハッピーエンドのところで終えておきましょうか。
 ともあれ、静かなヴィッラの庭園は彫像たちにとって、すばらしく居心地よさそうな場所でした。

 次回は、この運河の先にひろがる、稀有な海上の都、ヴェネツィアへ。

クリエイターの紹介

乾 ゆうこ

ライター

ホリスティックハーバルセラピスト。大学時代に花椿編集室に在籍し、「ザ・ギンザ・アートスペース」(当時の名称)キュレーターを経て、ライター・エディターとして活動。故・三宅菊子氏のもと『フィガロ・ジャポン』『家庭画報』などでアート・映画・カルチャーを中心に担当。出産を機に伝統療法や自然療法を学び、植物の力に圧倒される。「北イタリア植物紀行(全4回)」「アイルランドから〜ケルト植物紀行」(ともに『クレアボー』フレグランス・ジャーナル社)など執筆。生活の木(表参道校)では不定期にクラスを開催している。

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