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神話と植物の物語 ー北イタリア紀行ーVol.3

2020.02.10

文・写真/乾 ゆうこ

優れた楽器を世に出すクレモナ(Cremona)。ミラノから電車に乗ると、1時間半ほどで到着します。
 紀元前4世紀頃にはガリアやケルト系の人々が住んでいたという、美しくて住みよさそうな、居心地のよい街です。ドゥオーモ(Duomo、大聖堂)はミラノのそれよりも古い、12~14世紀のロマネスク建築です。

 16世紀にこの街で生まれたモンテヴェルディ(クラウディオ・ジョヴァンニ・アントニオ・モンテヴェルディ)は、オペラという様式をつくります。また、17世紀に名匠アントニオ・ストラディヴァリも、ここクレモナに生まれました。そして、あの名高いストラディヴァリウスを誕生させます。オペラの聖地、楽器の聖地です。

 ヴァイオリン博物館(Museo del Violino)を訪れると、弦楽器の歴史や職人の技術、楽器の奥深さに目をみはります。楽器は美しい! 職人技術は繊細!

 ヴァイオリンにはスプルース(トウヒ属)やメープル(カエデ属)などの樹木が使われますが、美しい響きを得るには、やはりそれ相応の銘木が必要で、かつては名匠たちも南アルプスの森を、樹木を求めて歩きまわっていたとか。雪や自然を耐えて、ゆっくり成長した樹木でなければ、美しい音色は出せないそう。あれ、なにやら人間にもあてはまりそうな話…。
 ともあれ、これらの樹木は南のギリシアより、雪の降る北方の匂いがありますね。北の国リトアニアに「蛇の女王エグレ」という伝説があります。

 人間の少女エグレが水浴びをしていると、蛇がエグレの脱いだ服の上にとぐろを巻いて待っていました。そして、「服を返して欲しければ、私の妻になりなさい」と言います。 
 この蛇は、じつは海底に棲む、蛇王ジルヴィナスでした。

 エグレは蛇王とともに海の底へ行きました。やがて、蛇王との間に3人の息子と1人の娘も生まれ幸せに暮らしていましたが、あるとき彼女は、子どもたちを連れて地上へ里帰りしたいと願いました。蛇王は、「それでは迎えに行くときのために」と、自分を呼び出す呪文を教えます。
 けれども、エグレを海底に帰らせたくない親兄弟たちは、その呪文を子どもから無理に聞き出します。そして蛇王を呼び出し、エグレの知らぬ間に殺してしまうのでした。

 ジルヴィナス、ジルヴィナス 
 生きていれば海にはミルクの泡
 もしも死んでいれば海には血の泡

 エグレが海で呪文を唱えると、海からは血の泡だけが返ってきました。
 愛する夫の死を知った彼女は裏切りの罰として、自分と子どもたちを樹木に変えました。息子たちは強い木々、すなわち樫、トネリコ、白樺に。娘は震えるポプラに。そして自分自身は、スプルースに姿を変えたのでした。

 深い雪のなかで静かにじっと耐える、巨大な樹木の姿を仰ぎ見るとき、そんなイマジネーションが湧くのかもしれません。
 春のクレモナの街に雪はありませんでしたが、公園の巨樹は、くつろぐ人々を見守っていました。

 ところで神話の世界では、植物ばかりでなく、動物と人間の交流もたくさん描かれています。この「蛇の女王エグレ」も蛇と結婚しますが、オーストリアとの国境に近いドロミーティ山地(アルプス山脈の一部)の伝説には、動物から人間になったり、人間から動物になったりが自在な王や王女の話があって、夢中で読みふけってしまいます。
 植物も動物も人間も境界のあいまいな、あるいは境界の消失した世界に憧れるのは、きっと私だけではないでしょう。

 次回は、15~17世紀にロンバルディアで栄華を極めたゴンザーガ家の、マントヴァとサッビオネータへ。

クリエイターの紹介

乾 ゆうこ

ライター

ホリスティックハーバルセラピスト。大学時代に花椿編集室に在籍し、「ザ・ギンザ・アートスペース」(当時の名称)キュレーターを経て、ライター・エディターとして活動。故・三宅菊子氏のもと『フィガロ・ジャポン』『家庭画報』などでアート・映画・カルチャーを中心に担当。出産を機に伝統療法や自然療法を学び、植物の力に圧倒される。「北イタリア植物紀行(全4回)」「アイルランドから〜ケルト植物紀行」(ともに『クレアボー』フレグランス・ジャーナル社)など執筆。生活の木(表参道校)では不定期にクラスを開催している。

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