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現代銀座考

現代銀座考 :Ⅺ ドーバー ストリート マーケット ギンザとマロンパイ(贅沢貧乏として)

2020.10.06

写真/伊藤 昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。
 時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

1964年頃のクロサワビル前

Ⅺ ドーバー ストリート マーケット ギンザとマロンパイ(贅沢貧乏として)

 銀座でパブリック・アートをめぐる散歩を、あらためて、A子さんに申し込んだ私は、秋の気配感じられる9月某日午後、和光(*1)の前で待ち合わせました。歩行者天国の銀座通りには人々が集い、昼間の銀座には、人々が戻っていました。「Ⅵ 森茉莉と贅沢貧乏と銀座」同様、もし、私がいま20歳くらいの若者なら、現代の銀座で、どれだけ贅沢貧乏な散歩ができるかを考えただろうということの続き物語です。予算は2000円。今回はスイーツも食べようと考えていました。和光の前にA子さんの姿が現れて、和光の鐘が午後3時を告げました。

 まずは、晴海通りを渡り、銀座6丁目のドーバー ストリート マーケット ギンザ(*2)へ。路上では、サックスを演奏している人がいました。クロサワビルの前を左に曲がったところで、私は、「ところで芸術って何だろう」と話してみました。A子さんは、「唐突だけど、とてもいい疑問だと思う。すぐに答えが出るようなものではない。今日の散歩のおわりに何かが見えたらいいね」と言いました。
 ドーバー ストリート マーケット ギンザは、「BEAUTIFUL CHAOS(美しき混沌)」をテーマに、コム デ ギャルソンの川久保玲氏がディレクションを手がけるコンセプトストア。ここに来たのは、A子さんは、時々、コム デ ギャルソンのハイカットのシユーズを履いることがあるから。すずらん通りに面したエントランスの前で「ギャルソン好きだよね」と訊くと「5月には、『Believe in a better tomorrow』と書かれたTシャツを予約して買った」と返ってきました。検温とアルコール消毒をして入店。
 ドーバーストリートマーケットの各階には、ファッションのアイテムと共に現代アートが点在しています。A子さんはそのなかでも、各階の床を貫くような名和晃平さんの作品に関心をもっていたようで、「見る度に、こちらの気持ちが反映される。これが一体何なのか。いまなら、闇を切り裂く螺旋のエネルギーのよう」と言いました。
 私は、本が好きなこともあって、JUNYA WATANABEの、身の回りの本をテーマにしたコレクションに興味をもちました。「本を読むのではなく、着るという観点が、現代アートに近いのではないか」と私は言いました。A子さんは「自由な考え方がいい」と言いました。

 エレベーターで降りようとエレベーターホールに立っているとき、私は、思い切った行動に出ました。A子さんの手を握ったのです。ただ前を見ながら。そして、エレベーターの中で、A子さんが、わずかに、手を握り返した瞬間、私は、稲妻が全身を貫くような衝撃を覚えました。百万ボルトほどありましたでしょうか。エレベーターがビルの構造体をぶち破って地中に突き抜けるような。

 エレベーターを降りると「栗、好き?」と私は言いました。「は、はい」とA子さんは言いました。
 みゆき通りに出て、並木通りを右に曲がって、晴海通りを渡り右におれて、向かった先は和光アネックス ティーサロン。季節限定のマロンパイ(1階のショップでの販売は600円、ティーサロンで食べる場合には別途飲み物料金)をあらかじめ予約していました。マロンパイは午後4時に焼き上がります。「和光のマロンパイは、ここ、銀座4丁目で一個一個、手作りで焼いているらしい」と私は言いました。「和光はずっとここにあるだろうから、きっと何年か先にもこのマロンパイを食べたら、今日のことを思いだすだろうな」とA子さんは言いました。
 和光の鐘が午後4時を告げて、焼きたてのマロンパイをいただきました。渋皮栗の風味が美味しかったです。

*1 和光/1888年に創業した服部時計店の小売部門としてスタートし、1952年より「和光」として営業を開始。厳選された商品を扱っている。時計塔のある建物は、1932年に建てられた。中央区銀座4-5-11

*2 ドーバー ストリート マーケット ギンザ/「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」の川久保玲がディレクションするコンセプトストア。2012年3月オープン。
中央区銀座6-9-5

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)のウェブサイトにて「森岡書店日記」を連載中。

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