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現代銀座考

2020.09.23

現代銀座考 :Ⅹ ソニーパークと東京大自然説

写真/伊藤 昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。
 時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

64年のソニービル付近の地下だろう。当時最先端のテレビがお出迎え。

 

Ⅹ ソニーパークと東京大自然説

 台風10号が去った9月7日の夜、丸の内線の銀座駅に向かって歩いていた私は、銀座ソニーパーク(*1)の「植物園」に立ち寄りました。台風が去って、まるで熱帯のような湿度と暑さのなか、「植物園」のベンチに腰かけると、かすかに虫の音が聞こえました。振り返れば、銀座メゾンエルメス(*2) のガラスの建築が輝いています。そのコントラストに、私は「東京大自然説」を思いました。「東京大自然説」とは以下のようなものです。

  私は「銀座」で仕事をしており、この街を日々見つめていますが、この大都会であっても空き地ができれば、いつのまにか草が茂っています。絵本作家の舘野鴻さんは、銀座の路上に自生している「のびる」を見つけ、水道水で洗って食べていました。今年の夏は、ドアを開けて営業していたので、何度も室内に虫が入ってきました。
 港区三田で、コンクリートのビルを自力で建設している岡啓輔さんによれば、「コンクリートは石灰石の化学変化で、その歴史は古く、古代ローマのコロッセウムもコンクリートで出来ている」。「東京のコンクリートの多くは、埼玉県で産出された土でできている」とのことです。
 ガラスの原料は、珪石(けいせき)と石灰石ですし、鋼鉄は鉄鉱石、アスファルトは化石燃料です。もとはといえば、どれも天然由来なものばかり。首都高速道路の橋桁は錆びているところがありますし、地下鉄のコンクリートの一部は水で浸食されているように見えます。
 これらのことを総合すると、東京の景色が違って見えてきます。すなわち、東京の都心を、コンクリートで覆われた、広大な岩場と考えてみはどうでしょう。土こそ見えないが、天然由来の資源がかたちを変えて都市を構成し、年季の入った構造体から、徐々に、自然に還ろうとしている。まさにコンクリートジャングルとしての東京。万物資生としての銀座。

 ところで、作家の橋本治さんは、かつて、日本人は、縄文系と弥生系に分けられると話していました。大まかにいえば、縄文系は狩猟採集で移動、弥生系は農耕で定住。近年は、デジタルメディアの発達もあり、フリーランスとして働く人が増えてきました。これは縄文系のあり方を志向する人々と考えられます。フリーランスはじっとしていては仕事がなく、仕事を獲ってこなくてはなりません。東京という巨大な岩場で、現代の縄文人たるフリーランスの人々が狩猟をしている。そんなイメージも立ち上がります。

  
 暑く湿った風の吹く銀座ソニーパークで樹木に覆われた私の頭の中には、このイメージが、増幅されて、浮かんできました。
銀座ソニーパークの前、数寄屋橋を走る首都高速道路は、2040年頃までに撤去されることが発表されています。おそらく、そこには、かつての水辺や緑が復活するのではないでしょうか。もしそうなら、銀座ソニーパークのコンクリートと植物の光景は、銀座の未来の一端を、確かに示しています。古いものが新しく見えたときほど、新しいものはありません。

*1 銀座ソニーパーク/2018年8月にソニービル跡地に開園した「Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク)」は、都会のど真ん中で癒しの時間を過ごせるをテーマにした公園。
中央区銀座5-3-1

*2 銀座メゾンエルメス/建築家レンゾ・ピアノによるガラスブロックを使った外観は銀座の目印でもある。2001年竣工。地下1階から4階はエルメス銀座店のフロア、8階はアート・ギャラリー「フォーラム」、10階は予約制のミニシアター「ル・ステュディオ」。
中央区銀座5-4-1

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

1974年山形県生まれ。森岡書店代表。文筆家。『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)など著書多数。
キュレーターとしても活動し、聖心女子大学と共同した展示シリーズの第二期となる「子どもと放射線」を、2023年10月30日から2024年4月22日まで開催する。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja