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現代銀座考

現代銀座考 :Ⅻ 木村屋のあんぱん

2020.10.20

写真/伊藤 昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。
 時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

女性の視線の先には、木村屋の看板も見えていただろう。

現代銀座考 :Ⅻ 木村屋のあんぱん

 先日、画家の平松麻さんの展覧会を、麻布台にあるGallery SUに訪ねたとき、差し入れとして、銀座木村屋 銀座本店(*1)の「あんぱん」を持参しました。まず自分が好きだという理由がありますが、季節ごとに違うパンがあり、それを届けるのも魅力のひとつだと思っています。今回は、「栗かぼちゃ」のパンでした。
 平松麻さんに紙袋を手渡すと、「木村家のあんぱん大好き。あんぱんの重さが感じられる」と言って、喜んでくださりました。Gallery SUの山内彩子さんも「銀座を代表するものだものね」と微笑んでくださりました。

 木村屋のあんぱんはひとつ170円(税抜)です。日本で一番地価が高いのは銀座4丁目交差点付近ですが、そのすぐ近くで売られているものが170円のあんぱんというのは、考えてみればすごいことです。

 木村屋は、1869年に現在の新橋駅付近で創業しました。その後、現在のGINZA PLACE付近、三越付近と移転を経て、現在の場所に店舗を構えました。木村屋の看板の文字が書かれたのは1875年。元幕臣で、書にも優れた山岡鉄舟(*2)が書きました。鉄舟は、身長188㎝体重105kgあり、江戸無血開城の際は、官軍の総大将の西郷隆盛のところに、ノーアポのうえ一人でのりこみ、直談判をしました。そんな豪傑の大男も、木村屋の小さくて甘いあんぱんが大好きだったということでしょう。
 鉄舟は生粋の江戸っ子でした。『江戸語大辞典』を開いてみると、江戸語では「おいしい」のことを「いしい」と言ったと書いてあるので、あんぱんを頬ばった鉄舟は、「いしい」と言ったかもしれません。

 それからおよそ100年後の1970年代、木村家の前を歩く女を撮影する男がいました。女の名前はオノ・ヨーコ、男の名前はジョン・レノン。このときの小さな写真が、『Ai ジョン・レノンが見た日本』に収録されています。この本は、ジョン・レノンが絵とローマ字を使って日本語を学んだスケッチブックです。二人がこの後、木村屋に入り、あんぱんを買ったかどうかが気になります。もし買ったなら木村屋の店頭に言い伝えが残っているかもしれない。そう思って、「1970年代にジョン・レノンとオノ・ヨーコが来たという言い伝えが残っていませんか」と店頭で訊いてみると……。真相ははっきりしませんでした。ただ、もし、ジョン・レノンが木村屋のあんぱんを食べたなら、何と言ったかは想像できます。この本のなかで、笑顔のイラストと共に「AMAI」という文字を書いて日本語を練習しているので、きっと微笑みながら、「AMAI」と言ったのではないでしょうか。

*1 銀座木村屋 銀座本店/1869年創業の老舗のパン店で、店内は常にあんぱんを求める人で賑わっている。首都圏7500店で販売されている。
中央区銀座4-5-7

*2 山岡鉄舟/1836年江戸生まれ。幕末から明治時代に活躍した、幕臣、政治家、思想家。剣・禅・書の達人としても知られている。

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)のウェブサイトにて「森岡書店日記」を連載中。

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