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現代銀座考

2024.04.11

銀座・メモワール #3 オリヴィエ・シェニョン・後篇「現代におけるよいシェフの条件」

文/平岩壮悟

写真/ナタリー・カンタクシーノ

通訳/田村友子(L’OSIER)

 銀座――この魅力的な街は、多くの人々にとって、特別な瞬間や記憶に残る場所となっています。親に手を引かれて足を踏み入れたデパート、マスターのこだわりを感じる喫茶店、初デートで訪れたレストラン。どれもが、この街の独特の雰囲気と結びついています。
 連載「銀座・メモワール」では、森岡書店代表、森岡督行さんがナビゲーターとして登場します。多様なゲストが織りなす銀座の豊かな物語を共有し、銀座の多面性とその普遍的な魅力に焦点を当てます。連載を通じて、銀座の隠れた魅力と多彩なストーリーに触れ、新たな価値を一緒に発見しましょう。

 

三つ星レストラン「ロオジエ」のエグゼクティブシェフを務めるオリヴィエ・シェニョンさんをゲストに迎えた「銀座・メモワール」第3回。後篇は、料理の腕前以外の職能が求められる現代的なシェフのあり方について、そしてシェニョンさんが密かにアイデアを温めているという銀座を拠点にした食プロジェクトの話へ続きます。
▼前篇はこちらから

 

すべては特別な体験を提供するために

森岡 お話を聞いていると、今の時代のシェフの仕事は本当に多岐にわたりますね。料理だけではなく、お店のディレクションや生産者と共同で土壌改良もしている。大変な職業だと思いました。
シェニョン そうですね。シェフは第一に手仕事ですが、チームをまとめる能力が求められますし、最近ではPRもできなくてはなりません。私の場合、ユニフォームを選んだりお皿のデザインを発注したりもしています。このあいだも、抽象的な椿の花びらをあしらったお皿をつくりました。
森岡 アートディレクターに近いですね。
シェニョン 食後のデザートを載せるワゴンも自分でデザインしました。引き出しがお客さんのテーブルの上に載るような高さでオーダーして。そういう意味では、さまざまな職能が求められます。

 

 

森岡 時代に応じてシェフの役割も変わっていくものだと思いますが、シェニョンさんから見て、現代においてよいシェフの条件は何だと思いますか?
シェニョン 第一に、よい食材を見つけられること。これはいつの時代も変わりません。それに加えて、今は生産者と協働することが求められていると思います。そこで採れる野菜や果物を使って新しいレシピをつくれば、生産地や農家の価値を高めることもできます。またマイクロバイオーム農法にしても、研究者だけでは、従来のやり方を変えることに抵抗のある農家の方たちに対して変化を促すのはむずかしい場合があります。ですが、シェフからアプローチすれば、聞く耳を持ってもらえることもある。
森岡 エコシステム全体の改善に積極的に関わっていくわけですね。
シェニョン 九州に国産のサフラン農園があるのをご存じですか? 九州の一部の地域では昔から体調がよくないときにサフランをお湯に入れて飲む文化があるんです。漢方みたいに。でも、日本にサフラン農園があること自体あまり知られていません。そうした知られざる国内の産地に光をあてるのも私の役目だと考えています。サフランは生産国によっては、その生産過程で社会的に課題を抱える国もありますが、国産であればその問題もありません。味がよく、健康的で、よいことずくめです。
森岡 これからのシェフの仕事はレストランの外にあるのかもしれないですね。
シェニョン でも、最初からそれが目的だったわけではありません。どれもロオジエのお客さんに特別な体験をしてほしい、という願いから始まった取り組みです。

 

 

銀座から始まる、未来のガストロノミー

森岡 ロオジエは創業以来の“伝統のメニュー”がないと伺いました。
シェニョン そうです。もちろん伝統は大切です。しかし、私は変わることがレストランの一部だと考えています。それに評判になったメニューを「スペシャリテ」として提供するレストランもありますが、スペシャリテを決めるのはお客さんであって、お店ではないと思うんです。
森岡 そのようにお考えになったのには、何か訳があるのでしょうか。
シェニョン リクエストがあれば同じ料理をお出しすることもありますが、基本的にはいつも新しい料理を提供できるように努めています。メニューはもちろん、サービスやインテリアも。変化させることが前提なんです。月に何度も食べに来てくださるお客さんもいますから、彼らにも常に新しい発見をしてほしいのです。
森岡 常連客たちに、毎回新しい体験を提供するのは大変ですね。
シェニョン すべてを変えることはできなくても、少しでも新しさを加えることはできます。そのために、お客さんがいつ来て何を食べたかは、すべて記録しています。
森岡 それはすごいですね。
シェニョン それにメニューを替えれば、チームのモチベーションも上がります。同じものを繰り返しつくっていても刺激がないですからね。同じ食材を使うにしても、調理法はよく変えています。

 

森岡 今後、シェニョンさんがロオジエでやっていきたいことはありますか?
シェニョン 子どもへの食育を通じて、消費者の意識を変えたいと考えています。日本のスーパーの野菜や果物は同じ大きさのものが並んでいて綺麗ですが、曲がったニンジンやしみがあるトマトはまず並ばない。でも、不恰好なものでも味や栄養素に差はありません。その意識を変えたいんです。なぜ子どもかというと、彼らが次世代の消費者だからです。本来の野菜や果物のあり方を知ってほしいのです。
森岡 銀座にその拠点となる場所があったらいいですよね。
シェニョン 将来的には、全国のマイクロバイオーム農法を取り入れている農家の食材を集めて、テイスティングができる空間を銀座につくりたいと考えています。野菜を収穫したり、曲がったニンジンを生で子どもに食べてもらったりできる場所ですね。
森岡 それ、面白いですね! 
シェニョン 生の野菜だけではなく、加工品を扱ってもいいかもしれません。生産者からも野菜や加工品を送ってもらって、しっかり利益を還元できる場ができたらいいですね。すべての食材をロオジエで使うことはできませんが、マイクロバイオーム農法に取り組んでくれるのであれば、私としても6次産業的な取り組みなど、できるかぎり協力するつもりです。今後このムーブメントに、さまざまな文化の人たちが参加してくれることを祈っています。
森岡 名前はどうしましょうか?
シェニョン 名前はまだ決まっていません。考えないといけないですね。

 

 

オリヴィエ・シェニョン
日本とフランスの最高の食材をセレクトし、独自の感性による新たなコンビネーションを生かした繊細な味とテクスチャーがオリヴィエ・シェニョンならではの絶妙なハーモニーを生み出している。
「タイユヴァン」、「ピエール・ガニェ―ル」のパリ本店などで経験を積み、2005年「ピエール・ガニェール・ア・東京」の総料理長として来日。2013年「ロオジエ」のエグゼクティブシェフに就任。『ミシュランガイド東京2015~2018』では二つ星、『ゴ・エ・ミヨ東京2017』において「今年のシェフ賞」受賞、『ミシュランガイド東京2019』より6年連続で三つ星を獲得。
▼https://losier.shiseido.co.jp/

森岡 督行

1974年山形県生まれ。森岡書店代表。文筆家。『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)など著書多数。
キュレーターとしても活動し、聖心女子大学と共同した展示シリーズの第二期となる「子どもと放射線」を、2023年10月30日から2024年4月22日まで開催する。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja

平岩壮悟

編集者/ライター
1990年、岐阜県高山市生まれ。フリーランス編集/ライターとして文芸誌、カルチャー誌、ファッション誌に寄稿するほか、オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』(藤井光訳、河出書房新社)をはじめとした書籍の企画・編集に携わる。訳書にヴァージル・アブロー『ダイアローグ』(アダチプレス)。
www.instagram.com/sogohiraiwa

ナタリー・カンタクシーノ

フォトグラファー
スウェーデン・ストックホルム出身のフォトグラファー。東京で日本文化や写真技術を学び、ファッションからドキュメンタリー、ライフスタイルのジャンルで活躍。
https://www.instagram.com/nanorie/