「石田ゆり子って、もはや意味わかんなくなるレベルでキレイですよね」青く晴れた土曜の昼前。急行が止まらない小さな駅そばの「コトブキ化粧品専門店」で、私は店員の神林さんと立ち話をしている。広くはないが清潔な店内には、シャンプーも口紅もつけまつ毛も並んでいる。
この町で生まれ、ここで立ち話をする母を見て育った。駅前はほぼそのままの姿で時代をかけぬけ、母はこの世を去り、今は神林さんのお母さんも娘さんにお店を任せている。肌状態がよくよくわかる肌測定機器でマスク生活に疲れた私にぴったりの化粧水を選んだり、あの女優のメイクが好きだの、今年の八幡様のお祭りっていつだっけ?だの、飾らなすぎる話題を気の向くままに喋る。サンダル履きで、すっぴんで。仕事先の人にはちょっと会いたくないよなっていう迂闊ないでたちで。日差しで焼けそうな資生堂のポスターを眺めながら。
「でもユミちゃんもお母さん似で色白だから、サボらなければゆり子も超えられるよ」と、くすぐったい発言が出るとそろそろ退散。またね、と笑って、看板猫のメルちゃんに手をふる。
かつて母は、日々の句読点のようにこの店に立ち寄っていた。洗面台に並ぶ化粧水や乳液はいつもここで買い求めた。たまにドラッグストアで母が自ら選ぶと、なぜそれを?という不思議チョイスになった。いつだったか、母が寝込んでしばらく店に姿を見せなかったとき、ポストに小さな手紙が入っていたことがある。そこには「はやく元気になってよ!あなたと話す時間が楽しみなんです」という神林さんのお母さんの細っこい字があった。
私は、といえば。エステサロンで肌も磨くし、百貨店の売り場を覗く時間も愛している。そして時々、なんだか疲れてもいる…クリーンでテンプレートな世の中の便利さに?いや便利でラクは大好物だ。それでも、人間くさいやりとりの中で繰り出される、おせっかいすれすれの接客に泣きそうになることがある。素顔の自分で化粧品を選びたいときもあるのだ、人には。そんな私を絶妙な距離感ですとんと受け止めてくれる場所が、母からのささやかなしあわせの連鎖が、奇跡じゃなく連綿と未来へつづいていくといいと思う。
「資生堂チェインストア制度100周年」
PH:上田義彦
C:国井美果
AD:高田大資
CD:山形季央
スタイリスト:山本マナ
メイク:山田暢子
ヘア:谷口丈児