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SHISEIDO Your Song

2024.02.09

6. 春へ!

文藝春秋 2024年3月号 掲載より

なんでまたランニングなんて始めたの。ハイヒールとタクシーをこよなく愛していたかつての私を知る友⼈は決まって尋ねるが、そんなときはこう答えるようにしている。「⾃由になれるから」。早朝のひきしまった空気を胸に吸い込み、⾛り慣れた地⾯をただ蹴る。次第に息が上がり脚はふらついてくるけれど、それでも1歩ずつ前に進み続ける。すると、その瞬間はやってくる。ふわり。⼿⾜はまるで⼤いなる何かに動かされているよう軽くなり、肌は上気し、⾎がめぐりだす。⼼は体から解き放たれ、⼆⽉の⾵になってどこまでも⾶んでいける。この感覚を味わうこと、⼰の体と⼼の声に⽿を澄ませながら毎⽇を過ごすのが、いまの私にとって⼼地よいリズムなのだ。
コースの折り返し地点へとたどり着く直前で、今朝は思わぬ邪魔が⼊った。⾬だ。それもけっこう激しめの。実際のところ来た道を⾛って戻る以外にないのだけれど、すぐやむことに賭けてバス停に軒を借りる。「⾬やばくない?」「サイアク!聞いてないし」制服姿のティーンエイジャーたちが次々と屋根の下に集まってきた。⽔の⽟をピンと弾きそうな肌。まぶしいね。私にもあんな肌をしていた頃があったな。晴れの⽇が好きで、曖昧さが嫌いで、震えるほどの幸せも、それを失う痛みも、なにも知らなかった頃。
⾬も悪くないよ、お嬢さん。私は⼼の中でそっとつぶやく。『雪解⾬』。この季節の⾬は雪をとかし春の訪れを告げる⾬だから。冬の次は春。すべてはつながり、影響し合い、循環している。⼈は⾬が降れば傘をさすし、澄んだ肌に曇りを⾒つければ対処法を⾒いだす。それは体と⼼と肌を調和させること。つまりビューティ・ウェルネス。変化を受け⼊れながら、⾃分らしいルートを⾒つけて今⽇も⾛り続けるのだ。
ところで、私はもういちど賭けにでることにした。分厚い雲の向こうにうっすら晴れ間が⾒える。よし、⾏ってみるか。降ったり⽌んだり、⾬も含めて空模様。だからどんな天気も楽しんでいこうじゃないか。フードを⽬深にかぶり靴紐を結び直す。よーいドン。彼⽅の光めがけて、私は春をむかえに⾏く。

からだから、こころから、はだになる
SHISEIDO BEAUTY WELLNESS

モデル:SAYULI
フォトグラファー:上田義彦
クリエイティブディレクター:山形季央
アートディレクター:高田大資
コピーライター:植木彩 
ヘア・メイク:林佐知子
スタイリスト:山本マナ
プロデューサー:綿引しな乃