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2022.06.10

ゴヤール 世紀を超えるデザイン、5つの秘密

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

たとえ高級ブランドでも、今はオンラインで手軽に買えるのが当たり前。直営店でしか買えませんというブランドは少数派だ。とはいえ、手に入れにくいからこそ「欲しい!」という気持ちが募ってしまうのもまた事実。

さて、今回フォーカスするのは、フランス老舗トランクメーカー、メゾン・ゴヤール。直営店での店頭販売のみ、という経営方針を貫き、商品を購入したいならば世界に37店舗(2022年5月現在)あるうちのどこかへ足を運ぶしかない。大手コングロマリット傘下のブランドにありがちな、クリエイティブディレクターの華々しい抜擢もなければ、著名写真家によるグラマラスな広告も打たない。アイコニックなパターンで人気の大型トートはセレブの愛用をきっかけに、日本でもここ20年程のあいだにぐっと知名度を上げたが、一過性のトレンドで終わることなく支持され続けている。

つまりは情報過多の現代で、“知る人ぞ知る”を大切に貫く希少なラグジュアリーブランド、それがゴヤールだ。創業はなんと1853年。そのルーツはさらに遡ること半世紀以上、1792年創業の著名なトランクメーカー、メゾン・マルタンにあるという。初代のフランソワ・ゴヤールが事業を受け継ぎ、屋号を改めたのが始まり。今回は、世紀を超えて愛されるデザインの秘密に迫ってみよう。

パリの1区、Saint-Honore233にかまえるゴヤール本店ブティック外観。

1. デザインに潜むストーリー

ゴヤールの独特な柄の背景には“物語”があるのをご存じだろうか? ブルゴーニュ地方に住んでいたゴヤール家の祖先は代々、モルヴァンの森林地帯からパリへ燃料用の薪木を運ぶ運送業を生業としていた。当時、薪用の丸太は河川水路へそのまま投げ込み、川の流れを利用しつつ、いかだに乗った人々が棒で丸太をつつきながら誘導し都市まで運んだという。そう、あのゴヤールの柄は、川に流れる丸太の光景からインスピレーションを得たもの。考案したのは二代目のエドモン・ゴヤールで、川に流される丸太の様子をゴヤールのY字を使った杉綾模様(ヘリンボーン)風にデフォルメした。エドモンのサインと本店を構える通りの名前も隠された模様は、一世紀以上経った今でも古びていない。

河川で丸太を運ぶようすを写した当時の写真。
『グランド・ホテル』のトランクバッグ。

2.製作方法は“秘伝”の革新的素材

パターンとともに特徴的で、“ゴヤールらしさ”に欠かせないのがバッグの生地。綿麻織りのキャンバスを天然樹脂でコーティングする特殊な製法を採っており、「ゴヤールディンキャンバス」と呼ばれる。こちらも二代目エドモンによるアイデアで、19世紀の発案以来、独自の製法はトップシークレットだ。レザーのようにしなやかで丈夫、水にも強い。さらに秀でているのは、その軽さ。バッグを持ち上げてみると、見た目からの予想重量と実際の違いに思わず驚いてしまう。そんな生地の上に、パターンを載せる工程は全て、アトリエで働く職人の手作業によるもの。下地や色塗りのプロセスを数回に分けて重ねていくので、使い込むほど味わい深さが出る。

3.個性をプラスするマーカージュ

ゴヤールでは、好みの文字や図案を商品の上に描く究極のカスタマイズ、「マーカージュ」を依頼できる。19世紀の貴族たちが旅用トランクに目印として名前や紋章、家々に伝わる一族の色を配したストライプを入れていた習慣の名残で、現在でもイニシャルやストライプが定番人気だ。何を描くか、図案や位置のほか、約20色のインクの中から色を自由に選択できる。日本では東京某所にマーカージュの工房があり、4人の職人が対応。19世紀からほぼ変わらない工程で、指定の色を1色塗ったら1日以上乾かすという作業を繰り返す。定番の図案のほか、たとえば子どもが描いた絵や飼い犬のイラスト(写真をもとに職人がイラスト化してくれる!)などスペシャルリクエストも受け付けている。

とくに最近は自分だけの唯一無二のモノが欲しいという気分の高まりからか、マーカージュのオーダー数が明らかに増加傾向だそう。
二代目エドモンの飼い犬だったユロのイラストは、ここ数年ブランドのアイコン的な図案のひとつ。マーカージュとしてもオーダーできる。

4. 現代性に欠かせないのが遊び心

メゾン・ゴヤールは創業時から変わらずファミリービジネスで運営されているが、実は現在のオーナーはゴヤール家ではない。90年代末に五代目から円満にビジネスを引き継いだのが、ゴヤールの熱烈なコレクターとして知られていたジャン・ミッシェル・シニョルだ。彼が息子たちとともに手掛けたのがゴヤールディンキャンバスの多色化。クラシックな黒と茶のほか、赤や黄色、白、ブルーなど、商品によってはなんと11色ものカラーバリエーションを展開。ゴヤール流遊び心の表れとも言える。

さらに、ブランドが20世紀初頭から力を入れているのが、犬と共に生活があるパリジャンスタイルならではのラグジュアリーなペット関連グッズ。首輪やリール、フードボウルなど、昨今、よりバリエーションが増えている。

ペットのためのグッズも充実している。
旅客列車に乗っている二代目のエドモン・ゴヤールと愛犬のユロ。当時のカタログに使用された絵。

5. 私たちを惹きつける旅のロマン

ゴヤールのデザインの核にあるのはいつも「旅」。商品の多くにはそれぞれ場所や旅の手段を連想させる名がつけられ、“ここではないどこか”を夢想する人々を惹きつけている。トランクメーカーという原点は、たとえば、コナン・ドイルのために特別に誂えた“ポータブルな仕事場”に分かりやすい。タイプライターが乗るデスクや引き出し、資料を並べる本棚などが、全て大きなトランクにきちんと納められ、世界のどこへでも持ち運ぶことができるのだ。ドイルのほか、ゴヤールの顧客リストには、パブロ・ピカソやココ・シャネル、ウィンザー公爵など、豪華な顔ぶれが名を連ねる。

コナン・ドイルが愛用した特注トランク。
ゴヤール2022年春に発表したマーカージュをあしらった「サンレジェ」。

インドのマハラジャも顧客だったということで、今春、インドをテーマに限定コレクションを披露した。色鮮やかな祝祭、ホーリー祭をイメージしたカラーパレットや、タージマハルから着想を得た模様、ゾウのイラスト刺繍など、フランスのエスプリを効かせたインドのモチーフが並んだ。

「時代に迎合することなく、ブランド独自の“物語” を象徴するデザインを守り、継承していくこと」。ゴヤールの人々を惹きつけてやまない魅力に潜んでいたのはそんな思想であった。

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。毎季、コレクション取材で世界を飛び回る……だけならカッコいいのですが、家では2児の世話に髪を振り乱す毎日。