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神話と植物の物語

神話と植物の物語ーベルギー紀行ーVol.4

2021.04.19

文・写真/乾 ゆうこ

ブリュッセルの芸術の丘(Mont des Arts)に建つ、ベルギー王立美術館(Musées royaux des Beaux-Arts de Belgique)へ。

 ここは、Vol.2で訪れたマグリット美術館や、古典美術館(Musée Oldmasters Museum)、世紀末美術館(Musée Fin-de-Siècle Museum)などがつながっていて、ベルギー芸術の至宝を堪能できる場所です。

 ベルギーという国ができたのは19世紀、ということは最初にお伝えしましたけれども、それ以前からこの地は歴史のなかで燦然と光り輝きます。ここはフランドル、またはネーデルラントと呼ばれた地で、毛織物産業の繁栄などから、ヨーロッパの重要地点として北からも南からも人々や富が集まりました。

 中世フランク王国の一部となった時代以来、じつに9世紀頃から17世紀頃までヨーロッパ経済の中枢であった、とは驚かされます。
 そして、長いあいだ南北ヨーロッパが行き交ったこのベルギーのブリュッセルは、現在でもEU(欧州連合)の首都です。NATO(北大西洋条約機構)の本部もここに置かれている、ということも納得のいくところですね。

 そしてまた、フランドル地方の美術も、独特のムードとオーラを放ちます。
 特に15~17世紀のフランドル美術は、革新的な才能にあふれました。イタリアのルネッサンスに対して、北方ルネッサンスとも呼ばれます。

 静かで緻密で不思議な光を感じるヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck、1390年頃~1441年)から、奇妙でおかしな存在たちがひしめいて、奇怪な光景をくりひろげるヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch、1450年頃~1516年)。

 艶やかな色彩で優美だけれどどこか物憂げなハンス・メムリンク(Hans Memling、1430年から1440年頃~1494年)。
 メムリンクはドイツの地に生まれてブルージュで活躍しましたが、その影響はイタリアルネッサンスにまで見られます。

 そして、昔はこんな様子だったのかしら、こんな生活だったのかしら、などとも想像されて興味深い、ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel、1525年から1530年頃~1569年)の世界。

 さらに16世紀末から17世紀になると、かの(ピーテル・パウル・)ルーベンス(Peter Paul Rubens、1577年~1640年)が登場します。日本では『フランダースの犬』(〈A Dog of Flanders〉、ウィーダOuida作、1872年)にその名前が登場するので、子どものころから聞いたことのある名前ではないでしょうか。

ブリューゲル(父)「叛逆天使の墜落」(部分)(De val van de opstandige engelen)1562年
ブリューゲル(父)「鳥罠のある冬景色」(Winterlandschap met schaatsers en vogelknip)1565年
ブリューゲル(父)「ベツレヘムの人口調査」(De volkstelling te Bethlehem)1566年
ヒエロニムス・ボス「聖アントニウスの誘惑」(レプリカ、制作年不明)
(Triptiek met de Bekoring van de Heilige Antonius)
美術館のカフェテリアのテラスでひと休み
いろいろな時代の屋根の連なりが楽しい
ひっそり、こんな子たちのいる屋根も発見
すぐ近くには、現代美術のコレクションのある、INGアートセンター

 北の風土や光と空気を感じながら、絵画の雪のなかの枯れ木立を見ていると、あれはヤドリギかしら?と思うような光景があります。枝の重なり合っている描写かもしれないけれど。

 ヤドリギは、北欧でもケルトでも、大切な、大切な、聖なる植物です。

 薬草としても大事にされてきたヤドリギは、北欧神話では、バルドルという光の神様のお話に登場します。

 バルドルは北欧神話の神々のなかで、一番美しい神様といわれます。
 どんな白い花よりも白く、眉と髪はかすかな光を放ち、誰よりも多くのものたちから愛されている光の神。

 そのバルドルはあるとき、ひどくあやしい夢を見ました。どんなにうめいてももがいても、暗い人影から逃れられないという、気持の悪い夢でした。

 彼は他の神様たちに、この夢の話をしました。彼の父オーディンは、自ら死者の国へ赴き、死んだ女預言者を蘇らせて、息子の定めを聞き出そうとします。

 母フリッグは、九つの世界をくまなく旅して、世界のあらゆるものに、彼を傷つけないという誓いをたてさせました。
 火も、水も、鉄も、その他のすべての金属も、石も、土も、樹々も、動物も、決してバルドルに危害を加えないことを誓いました。

 そこで神様たちは安心して、今度は、それを確かめようということになりました。
 バルドルめがけて石ころを投げたり、矢を射たり、剣で切りつけたり…神様たち、乱暴すぎますね!

 でも、バルドルは痛くもなんともないのです。そのことに神様たちは満足して、嬉しくて、この遊びに夢中になっていました。

 一方、あの〈ずる賢い〉ロキだけは、バルドルがなんともないのを見てムシャクシャしていました。そこで彼は老婆の姿に変身して、フリッグの許を訪ねます。
 そして、たくみに話を操って、ほんとうにバルドルを傷つけるものは何ひとつ無いのか、聞き出そうとします。

 フリッグは、あらゆるものと約束したけれど、ヴァルハラ(亡くなった勇敢な戦士たちの住む館)の西側に生えているヤドリギだけは、まだ若すぎるので放っておいた、と話してしまいました。

 さあ、ロキはそれを採ってきます。そして、それを盲目のヘズにもたせて、射させます。
 ヤドリギはバルドルに当たり、彼を射抜きました…

ヤドリギ

 神話ではこのあと、バルドルを失った神様たちの深い悲しみと、壮大な葬儀と、ロキへの報復などが語られます。が、今はこのヤドリギの部分までといたしましょう。

 悲しいお話ですが、興奮がエスカレートしてしまったり、我を忘れて夢中になってしまったりする神様たちの様子は、なんだかとても人間っぽくもあり、おかしいですね。

 不老でも不死でもない北欧神話の神様たちは、巨人が攻めてくるのをいつも怖がっていますしね。

 さて今回は、ベルギーのお料理も少しご紹介しましょう。
 ベルギーといえば、美味しいビールも有名です。
 北欧の神様たちも、ビールは大好き。神話のなかには、大釜で醸したビールをみんなで飲む、宴の場面もありますよ。

 そういえばブリューゲルの絵には、子どもたちの遊んでいる様子や、庶民の生活の様子が細かく描かれています。

 夢中で遊んだり、お酒に酔っぱらったり、ときには喧嘩もしたり、怖がったり嬉しがったり…。
 北欧神話の神様の世界も、人間の世界も、あんがい似たようなところがあるかもしれません。

小エビのクロケット(Croquette de Crevettes)
北海に面する遠浅の海岸で、昔から小エビ漁が行われてきた。

ほかにも、
ワーテルゾーイ(Waterzooi)、クリームの入った魚や鶏のシチュー(フランドル生まれの神聖ローマ皇帝カール5世は、痛風になっても食べていたとか)や、カルボナード・フラマンド(Carbonnade flamande)、ビールで牛肉を煮込んだ、フランダースシチューと呼ばれるくらい代表的な料理、など
ポテトフリット、フリッツ(Frites)もベルギー生まれ。
肉料理に添えられるばかりではありません。専門店もあるのです
ムール貝も代表的な食材。これはグラタンで
そしてワッフル(Gaufre)がすばらしい

クリエイターの紹介

乾 ゆうこ

ライター

ホリスティックハーバルセラピスト。大学時代に花椿編集室に在籍し、「ザ・ギンザ・アートスペース」(当時の名称)キュレーターを経て、ライター・エディターとして活動。故・三宅菊子氏のもと『フィガロ・ジャポン』『家庭画報』などでアート・映画・カルチャーを中心に担当。出産を機に伝統療法や自然療法を学び、植物の力に圧倒される。「北イタリア植物紀行(全4回)」「アイルランドから〜ケルト植物紀行」(ともに『クレアボー』フレグランス・ジャーナル社)など執筆。生活の木(表参道校)では不定期にクラスを開催している。

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