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今月の詩

2023.06.17

くちびる

詩/向坂くじら

君が目をさましたら
なにか 食べさせてやりたい
冷やした白桃がいい
かじりつかないといけないような
もも肉のかたまりがいい
よく洗ってきれいに拭いたパセリの山盛りがいい
うす黄色のアイスクリームと
それを包むスプーンのステンレスがいい
君はわずかに唇をあけている
そこから送りこまれてきた食べものたちがあり
反対に 君のなかを通りすぎて
外へ送りだされてきた食べものたちがある
きのうの晩のチキンスープがある
弁当箱のずしりと重たい米がある
瓶づめの牛乳がある
目にみえないほどの細かな砂がある
親しくない人のくれたキャラメルがある
羽のついた何匹かの虫がある
君の岸べを寄せては返す
あふれる水たちと
だれだかの血潮がある
君に 早く目をさましてもらいたい
そうしてなにもかも平らげてもらいたい
ふたりいつでもそうしてきたように
君の親指にかさぶたができている
土のついた小松菜がいい
週末に食べるはずだったハムがいい
半透明の羽二重もちと
それを差しだすわたしの指先から肩口まで いい
氷がいい ひやびやと噛みくだいて
君に
えいえんに生きてもらいたい