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今月の詩

2023.07.01

水栽培の猫

詩/橘しのぶ

ベランダに
野良猫が一匹
迷いこんだ
どこにでもいそうな
やせっぽちの猫だ
アパートはペット厳禁だけど
水栽培ならばれないかなと
窓辺のガラス容器に
水を張ってのせておいた

三日も経つと
水を吸った猫は
ふっくらと透明になった
すっかりなついて
朝のゴミ捨てにもついてくる
アパートの住人は
気がついていないふう
おきまりの笑顔で
おはようございます
今日もいい天気

猫は
はらわたも血管も透明なのに
胸の辺りに耳をあてると
とくんとくんと鳴っている
抱いて寝るとほかほかだ
けれどいつかは
つめたくなるのかな
想像したら泣きそうになった

おとなりさんも
そのまたおとなりさんも
こっそり
水栽培の猫を
飼っているらしい
おはようございます
おはようございます
おはようございます
ベランダで
朝顔が
次から次へと
すきとおった花を咲かせる

 

 

選評/暁方ミセイ

 猫を水栽培するというコミカルでユニークな発想の詩。一行の短さとひらがなの多さが、詩をより明るく、同時にどこか空っぽな感じにもさせている。
 水栽培には、菌などの微生物がいる土での栽培と違って、水と光だけで育つクリーンなイメージがある。透明で清潔な「水栽培の猫」は、生き物を食べないし、排泄もしない理想的な猫だ。「ペット厳禁」のアパートでもばれずに飼えるのは、迷惑をかけないから。人に迷惑をかけないということは、存在していないように生きることなのだ。
 でも、実は猫にはちゃんと体があって、抱くと脈の音が聞こえるし、温かい。そのことに詩の主人公は命の愛おしさを感じる。
 「どこにでもいそうな/やせっぽちの猫」がやってくるのは、詩の主人公がどこにでもいる人間だからだ。同じく猫をこっそり飼っているアパートの住人たちも、どこにでもいる人たちである。繰り返される「おはようございます」という挨拶は、礼儀正しい印象と共に、個性を隠す仮面のような効果も与えている。でも、みんな、密かに猫を隠し持っているのだ。
 窓辺で水栽培されている猫がいる一方で、ベランダでは「朝顔」が「すきとおった花」を咲かせる。ラッパ型の明るい花は、音を連想させる。透明な猫の、ここにいるよという存在証明の鳴き声のようだ。
 こんな風に解釈ができる一方で、比喩をこえて、イメージとしても鮮やかに自立しているのがこの詩の素晴らしいところ。水をたっぷり吸い込んだ猫のお腹、触ってみたいなあと思ってしまう。