資生堂が時代時代にお送りしてきた広告作品、そのクリエイションにこめられた“美”のストーリーを紹介する本誌企画「SHISEIDO MUSEUM」。自粛期間特別企画として、こちらでバックナンバーをご紹介します。資生堂が広告をとおして提案してきた、未来へ向けての希望のメッセージを感じていただけたら幸いです。
「資生堂練香水 舞」
ミステリアスな目元が印象的なこの作品は、1978年に制作された資生堂の広告ポスターです。モデルは山口小夜子。1973年の『花椿』の表紙以降、80年代半ばまで資生堂の専属モデルとして数多くの広告に登場しました。パリコレなどのファッションショーで活躍していた彼女は、黒髪、おかっぱの前髪、アイライ
ンによって強調された切れ長の目というエキゾチックな出で立ちで一世を風靡し、やがて彼女のスタイルが“日本人女性の美”のひとつのアイコンとなって世界に知られるようになります。
そんな稀代の日本人モデル“小夜子”は、舞踏集団「山海塾」との共演やウェアリストと称した後年の活動などをみても明らかなように、モデルという枠組みにおさまらない表現者でもありました。彼女がこの広告で披露しているのは、目元だけで魅せる凝縮された身体表現。グラフィックデザイナーはこれに挑むようにして、大胆なトリミングによって瞬間の美を無限の美へと高めています。金の扇やまつ毛に宿る陰、まぶたの上にほんのりとかかる光と強調された白目のハイライト、そして扇に射す光。グラフィック表現によって描かれた光と陰の世界が、小夜子の演技をいっそう引き立たせます。
この作品を手掛けたのは、MoMAに作品が収蔵されるなど国際的に高い評価を受けている資生堂 宣伝部(現・クリエイティブ本部)のアートディレクター、デザイナーの中村誠(1926-2013年)。彼が得意としたのは印刷の製版技術をデザインツールとして駆使したグラフィック表現と、トリミングによるミニマルで
あるがゆえに力強さを放つ特異な表現世界でした。表現者たちによって生み出された息をのむような瞬間と蠱惑的な美の世界が、一枚の紙の上に収められています。
文/小泉 智佐子(資生堂 企業資料館)