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現代銀座考

現代銀座考 :XVI 空也餅と『吾輩は猫である』

2020.12.15

写真/伊藤昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。
 時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

現在のブルガリタワーの場所、1964年は三共薬局、1905年頃には服部書店があった。

現代銀座考 :XVI 空也餅と『吾輩は猫である』

銀座6丁目並木通りの空也(*)といえば、最中が有名ですが、毎年11月と1月半ばから2月半ばまでの期間限定で、空也餅という、餅菓子を買うことができます。空也餅は、夏目漱石の『吾輩は猫である』で、以下のように述べられていることでも知られています。

「主人はまたやられたと思いながら何も云わずに空也餅
≪くうやもち≫を頬張≪ほおば≫って口をもごもご云わしている。」

「『こりゃ面白い』と迷亭も空也餅を頬張る。」

 店内には、野上弥生子の筆による「空也」という書があるので、漱石の門人だった野上弥生子も、きっと『吾輩は猫である』の空也餅の記述を読んだことでしょう。

 ところで、『吾輩は猫である』が最初に世に出たのは、正岡子規が主宰した雑誌『ホトトギス』(1897年刊行開始)の連載においてでした。私は、ふと空也餅が登場する『ホトトギス』が気になりました。どの号に掲載されたのか、そしてそれはどんな装幀だったのかと。

 ネットでしらべてみると、国立国会図書館にオリジナルが所蔵されていることがわかりました。ただネット上では、誌面を公開していないので、やはり現地に行く必要があります。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、国会図書館も入場が制限され、予約制になっていました。

 数日後、自転車で晴海通りから内堀通りに出て、永田町の国立国会図書館に向かった私は、窓口でオリジナルの『ホトトギス』を申請しました。すると、貴重書籍のため、館内の端末でデジタル資料を閲覧してほしいとのこと。空也餅というワードで、該当ページを検索することができないので、クリックして画面でページを読んでいくことに。デジタルとアナログが融合した調査になりました。連載の始まった1905年(明治38年)の誌面を端末で読んでいると、上掲の空也餅の記述は、同年2月10日発行『ホトトギス』第8巻5号33ページに、しっかりと印字してありました。上掲とあわせて5つの空也餅の記述を見つけることができました。

 また、誌面には、全国の『ホトトギス』販売所が紹介されていて、銀座では、服部書店が販売所になっていました。銀座の服部書店といえば、名前に見覚えがあります。『吾輩は猫である』の単行本の初版を出版した版元の一つ、服部書店ではありませんか。当時の地図で服部書店の住所をしらべると、京橋区銀座2丁目9番地、現在のブルガリタワー付近にありました。

 1905年2月に『吾輩は猫である』で空也餅の記述を読んだ人をおもいながら、2020年11月のある日、私も、6個入り箱詰の空也餅を求めました。購入するには予約が必須ですが、ぜひ味わってください。爽やかな甘さの餡に、夏目漱石が好んだ甘味を実感できます。

*空也/1884年(明治17年)創業の老舗和菓子屋の「空也」は最中の名店。サクッとした最中の中に上品な餡子が入っていて、手土産として人気を誇っている。
中央区銀座6-7-19

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)のウェブサイトにて「森岡書店日記」を連載中。

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