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現代銀座考

【連載】現代銀座考:Ⅴ はち巻岡田の味

2020.07.07

写真/伊藤 昊

文・イラスト/森岡督行

『花椿』2020年夏・秋合併号で「銀座と資生堂の物語」をテーマに銀座について考察を深めた森岡書店代表の森岡督行さんが、書籍や出来事を通して過去の銀座と現在、そして未来の銀座をつなげる新しい銀座物語です。
時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

路地裏に 美味求める 影二つ

 

Ⅴ:はち巻岡田の味

 私はいま「銀座」について連載しているので、東京生まれのように見えるかもしれませんが、実際は、山形県寒河江市で生まれました。月山や蔵王といった山に囲まれ、寒河江川という川が流れる地域です。

 そのことを、つくづく自覚するのは、銀座3丁目松屋銀座の裏にある「はち巻岡田」(*)を訪れるときです。名物の粟麩田楽と、子供のころ食べた田楽の味が重なります。田楽の日は、朝から火鉢を用意したり、味噌に混ぜる胡麻をすったりしました。もし、子供のころに戻れるテクノロジーが開発されたら、私は、この日を候補に挙げます。
 初夏の「はち巻岡田」では、炭火焼の鮎を味わうことができます。私にとって鮎といえば、寒河江川の鮎です。ヤス(モリ)を右手に持ち、深みに潜り、左手で岩を摑んで身体を安定させ、岩の合間にいる鮎を突き、それを中州で焼いて食べていました。「はち巻岡田」の鮎は、その香ばしい鮎を思い出させてくれます。銀座で働いていても、野趣の風味が身近にあったりします。食で四季を感じられるのは幸せです。

 とは言っても、「はち巻岡田」の真骨頂は江戸料理です。1916年(大正5年)に初代・岡田庄次氏が創業。玄関の暖簾はよく知られていて、右から順に、川口松太郎の冬の句、久保田万太郎の春の句、里見弴が揮毫(きごう)の「舌上美」、さらに久米正雄(三汀)の夏の句、小島政二郎の秋の句、と続きます。もちろんどの句も、「はち巻岡田」の料理を詠んだものです。例えば、久米正雄(三汀)は、次のように詠んでいます。

夏の夜を浅き香に立て岡田椀

 岡田椀とは、生姜の風味豊かな鶏のスープです。あっさりしているので、喉にひっかかることなく、確かに夏の夜にぴったり。ごはんを入れてお茶漬け風にしてもらうのも美味しいです。これを最後の〆にいただくと、また味わいに来たくなります。どのうつわも派手さが無く、お料理と静かに調和しています。もしかしたら、それも江戸料理らしさのひとつかもしれません。

 映画監督の小津安二郎も何度か足を運んだそうです。そう言われると、正面から見たお店の佇まいは、背景に障子があり、遠近感もあり、どこか小津の映画の舞台のようです。小津には『お茶漬の味』という映画作品があり、ご自身もお茶漬けが好きだったそうです。小津も岡田椀のお茶漬け仕立てを味わったと思うのですが、真相はどうでしょうか。

 暖簾をくぐると初代・岡田庄次氏の写真があります。庄次氏はもともと船大工の家に生まれました。料理に関しては素人だったので、勉強を重ね、夢中で働いたといいます。きっと働くことが楽しかったのではないでしょうか。その喜びが、さまざまな文化人にも伝わった。写真に写った飾り気ない笑顔を見たときそう感じました。

*はち巻岡田/1916年秋、京橋区尾張町1丁目(現・中央区銀座5丁目)に料理屋「岡田」として開店。初代店主庄次が、髪が落ちないようにと常に豆絞りのはち巻をしていたのが名物となり、いつしか屋号も「はち巻岡田」に。2016年には100周年を迎えた、江戸料理の名店。中央区銀座3-7-21

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)編集委員でもある。

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