次の記事 前の記事

Column

2021.07.12

美は自然にはぐくまれて―「10 Mame Kurogouchi」展

詩的な世界観をつむぎ女性の心を魅了するブランド、マメ クロゴウチ。2010年のブランド設立から昨年で10年を迎えました。10周年を記念して、ただいま、デザイナーの黒河内真衣子さんの生まれ故郷である長野の県立美術館で初の単独企画展を開催しています。

©Mame Kurogouchi

主催の長野県立美術館の新築オープンにあわせて約2年をかけて実現した本展は、マメ クロゴウチのファーストコレクションである2011年春夏コレクションから2020年秋冬コレクションまでの10年分の軌跡を、創作の種が生まれる旅や日々の記録から、コレクションの土台となることばやイメージ、そしてじっさいに作品となるまでを俯瞰的に紹介するという構成で展開しています。その構成の中に道標として掲げられているのは「曲線」や「刺繍」、「クラフト」、「夢」、「私小説」、そして「長野」など、ブランドを象徴する10のキーワード。それらの“視点”がブランドの世界をより深く感じられるポイントとなっています。

©Mame Kurogouchi

展示の中でとくにご紹介したいのは、会場中央に設けられた創作の「ノート」。ブランド創設の前から書き溜め、ひとつのコレクションにつき1冊をまとめているという記録の数々は、スケッチや生地サンプルに交じって身近な人とのふれあいや日記のような手記がつづられており、黒河内さんが創作の背景にめぐらせていた考えや感情を感じられる貴重な資料となっています。たくさんの記録の中に見つけたのは、「精神的に豊かであるものづくり」ということば。おそらくブランドを立ち上げた初期の記録とみられますが、ノートのまわりに並べられた、そのことばを見事に体現するような精緻な作品に、マメ クロゴウチの実り豊かな10年を感じられるはずです。

会場の中央にずらりと並ぶ「ノート」セクション(画像内手前)©Mame Kurogouchi

時間軸を超えた構成の中でもたしかに感じられるのは、マメ クロゴウチの筋の通ったデザイン思考、クラフトマンシップです。衣服をつくることの前提にある「機能性」に立脚しながら、じっさいに衣に身を包む女性が誇りと喜びを感じられるような装飾を施すこと。ブランドが掲げる“タイムレス”な服を作るために欠かせない要素です。さまざまな社会事象の変化がある中でも、黒河内さんがこの10年のあいだに自身の内面を深く見つめながら美を探究し、日本各地の伝統的な生産工場と手と手をたずさえ日本産の創作を続けてきたこと、そのすべてが展示の随所に表れています。

東京から長野へ向かう新幹線の車窓から見えるのは、深緑の森やせせらぐ小川、その中にひっそりと咲く花々。黒河内さんご自身が「私の美意識の根底にあるものは幼いころから見聞きしてきた長野の自然」と言うように、マメ クロゴウチの創作上に描かれるイメージは長野の景色とつながっています。展示に寄せて、黒河内さんに故郷への想いをうかがうと、「私の記憶から生み出してきた作品が今回、企画展という形になって幸せです」とのおことば。つづけて、とくに長野にお住いの若い方に見ていただきたいと語るのは、黒河内さんの長野の自然への感謝の想いがあってこそ。豊かな自然がひとを育む、その幸せな関係をここにみるようです。

ブランドのアイコンともいえるPVC素材のバッグとヘッドピースは、長野の雪景色から着想を得ているそう(「長野」セクションより)
2014年秋冬コレクション「Personal Memory」と黒河内家に伝わる家紋入九谷焼青粒大皿(「クラフト」セクションより)。日本各地の伝統技法にインスパイアされた作品を、実物とあわせて紹介する美術館ならではの展示も
写真家、野田祐一郎氏による制作の過程を収めた写真作品(「テクスチャ―」セクション『The Story』より)

周囲に開かれたオープンな環境が印象的な、“ランドスケープ・ミュージアム”と呼ばれる長野県立美術館。本展とあわせて、JAXAが運用する陸域観測技術衛星「だいち」が撮影した長野の観測映像を中心に展示した「めぐりあいJAXA-ながのとながめ」と、美術館の建設過程を記録した「つながる美術館 宮崎浩とランドスケープ・ミュージアム」も開催中です(三展とも8月15日まで)。いずれも地元の文化をアートの視点でとらえる興味深い展示で、併設の長野ゆかりの画家、東山魁夷館も見逃せません。たっぷりとした緑に癒される、夏の長野。アートと緑ゆたかな自然に包まれて、ゆっくりとした時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

長野県立美術館
長野県立美術館の制服もマメ クロゴウチが手掛けています

10 Mame Kurogouchi
会期:6月19日(土)~8月15日(日)
開館時間:9時―17時(展示室入場は16時半まで)
休館日:水曜日
観覧料:一般500円/高校生以下18歳未満無料/東山魁夷館との共通観覧料一般800円 *身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者保健福祉手帳をお持ちの方と、付き添い1名は無料。
https://nagano.art.museum/exhibition/mamekurogouchi