前の記事

Column

革命は、“反貞女”たちによって―映画『5月の花嫁学校』

2021.06.04

貞女、の意味を調べると「貞(ただ)しい女、夫に対して操を堅く守る女」とある。反対に貞男、と調べてみる。「読み方:さだお」、のみである。夫(男性)に尽くすべき妻(女性)、そしてそのような義務のない夫(男性)という日本社会に根づく男女意識をここに見るようであるけれども、そのような性別の意識、とくに女性観へのアンチテーゼとして、1965年に現代的な価値観を示した『反貞女大学』を上梓したのは三島由紀夫である。

「姦通学」「軽蔑学」にはじまり「同性学」「整形学」「狂女学」まで、想像力と機知に富んだ言い回しと振り切った内容で、女性という生態を細かく研究し、解説している同書は、現代感覚で読んでも女性であることに肩の力が抜けていくような軽やかさがある。三島が大作家、しかも男性の立場にあって女性が真に自立し、自由に生きることを提案していたのとほぼ同じ頃、フランスでは1968年に学生運動を発端にしたパリ・五月革命(五月危機)が勃発。社会全体に影響を与えたこの出来事により、ひそかに女性の意識改革も急速に進行していて……。今回は、その時代を生きた女性たちの変化をコミカルに描いた新作映画、『五月の花嫁学校』をご紹介します。

映画『5月の花嫁学校』より。© 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINÉMA - ORANGE STUDIO – UMEDIA

「人は女に生まれない、女になるのだ」の一節が有名な、思想家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールによる『第二の性』がフランスで発行されたのは戦後間もない1949年のこと。女性性への社会的な抑圧を考察した同書によって潜在的な女性解放への意識が芽生えたものの、1960年代のフランス社会ではまだまだ“良妻賢母”が是とされていた。映画の舞台はそんな価値観が残る小さな村の花嫁学校、ヴァン・デル・ベック家政学校。五月革命前夜である1967年の入学シーズンから物語は始まる。

主役のポーレットを演じたジュリエット・ビノシュ(右)。© 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINÉMA - ORANGE STUDIO – UMEDIA

学校を切り盛りするのはジュリエット・ビノシュ扮する、校長のポーレット。都会の富豪との結婚を期待される農家の少女たちへ向けて、「貞女であること」を求められる妻に必須な“七か条”を教え、自らもその手本として、経営者で夫のロベールへ身も心も尽くす毎日を送る。信心深さと過激さが背中合わせの修道女、マリー=テレーズと、乙女のまま大人になった料理長でポーレットの義妹、ジルベルトがともに学校を支えている。そんなある日、ロベールが多額の借金を残して急死。窮地の中でポーレットは第二次世界大戦で死に別れたと思っていたかつての恋人、アンドレと再会し、ポーレットの人生が動き出す。また、従来の価値観を教えられる少女たちも日々の触れ合いをとおして心境の変化が。大人の女性たちと少女たちが自分の心に正直になったとき、かつての“七か条”は新時代の“七か条”に書き換えられ、大きな意識改革が起こるのだった。

料理長のジルベルト(左)と修道女のマリー=テレーズ。それぞれを演じたヨランダ・モローとノエミ・ルヴォウスキーは今年度のセザール賞助演女優賞にノミネート。© 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINÉMA - ORANGE STUDIO – UMEDIA
少女たちは料理や裁縫などに奮闘する。© 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINÉMA - ORANGE STUDIO – UMEDIA

物語の主人公である女性たちの意識の変化は、ファッションや彼女たちを取り巻く環境に投影されている。ポーレットの服装に表れるフェミニニティを重視したスタイルや、学校や家という“箱”に収められる彼女たちが徐々に活動的な装いで外へと駆け出していく、その変化の様は鮮やかで、物語後半の自由を感じてのびのびとした彼女たちの姿はとても印象的だ。彼女たちの心の機微を反映したファッションは、本年度のセザール賞衣装デザイン賞を受賞している。

かつての恋人、アンドレと野原へ駆け出すポーレット。© 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINÉMA - ORANGE STUDIO – UMEDIA

女性解放運動というと切実な問題であるからこそシリアスな面も含むものだけれども、この作品はいたって爽やか。なぜなら、そこにはユーモアがあるから。先述した三島由紀夫の『反貞女大学』で描かれる“反貞女”像が楽しげに映るのも、そこにおおらかなおかしみがあるからである。笑うことについては、監督のマルタン・プロヴォもこのように語っている。

「私たちは笑わなければ、自分自身や人間の置かれている状況を受け入れることができない。私たちの母親の世代も、祖母の世代も本作で描き出されている状況を体験している。それがはるか昔のことのように思えるだろうか? 実はそんなに昔のことではなく、私たちは笑うことによってそのような世界から遠ざかることができるのだ。」(Director’s Noteより)

この作品はあくまでフィクションだけれども、フランスでは事実、五月革命を機に花嫁学校は1970年にはほぼ消滅してしまったという。それまで“反貞女”的と思われていたことが肯定されるという劇的な価値観の変化を経て、フランスは女性の社会進出がうながされる。それから四半世紀経った今年発表された世界男女格差報告書によればフランスは世界16位。日本に住む私たちには昔からのパリモードへの親しみがあるけれども、もっと見習うべきは、この映画にあふれている不条理を笑い飛ばして強く前進する、そのポジティブさなのかもしれない。

映画『5月の花嫁学校』本予告

映画5月の花嫁学校』
監督:マルタン・プロヴォ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ヨランド・モロー、ノエミ・ルヴォウスキー、ほか。
公式サイト:https://5gatsu-hanayome.com/
公開:5月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中
2020年/フランス/フランス語/109分/シネスコ/5.1ch/原題:La bonne epouse/日本語字幕:井村千瑞/配給:アルバトロス・フィルム
© 2020 - LES FILMS DU KIOSQUE - FRANCE 3 CINÉMA - ORANGE STUDIO – UMEDIA

もっとみる

この記事に関するタグ検索