新型感染症のパンデミックを経て、様変わりした新作コレクションの発表スタイル。「ショーが開催できない!」となった大混乱の過去数シーズンがあったおかげで、オンラインでの配信が一般的になった。さらに、決められた時期に発表する通例から解き放たれ、独自のタイミングで動き始めたブランドもある。
ブランドの新作をチェックする者としては一斉に発表があった方が、うっかり見逃す不安がない。でも、見逃しようがないほど鮮烈な新作発表であれば、話は別。それが今回スポットを当てるマーク ジェイコブスだ。マークのショーをチェックすべき5つの理由を紹介しよう。
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1.マークの視点で時代を見る
マーク ジェイコブスのショーと言えば、パンデミック以前はニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)の一番のハイライトだった。そもそもデザイナーのマーク自身が、時代の気分やムードを鋭く読み解く才に長けた人物。彼が感じ取った時代感覚や美意識を、ランウェイショーの20分間に込める。もちろん服が主役だが、どういったモデルがキャスティングされたか、彼女たちの着こなし、態度やふるまい方、ヘアメイク、会場セットに照明、音楽、演出など、あらゆる要素で、彼が今、伝えたい世界観を表現する。「マークが“今という時代”をどう見ているのか、そこが知りたい」と世界中の人がNYFWに足を運んだものだった。
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2.ショー会場の雰囲気が醸す時代の空気感
マークが最新作の22-23年秋冬コレクションを発表したのは6月末。同シーズン向けのNYFWは2月半ば開催なので、実に4カ月以上遅れての発表だ。ショー会場は1年前と同様のニューヨーク公共図書館。天井がアーチ形になったクラシックな回廊には静謐さと思慮深さが漂う。そこへ登場したのは、極端なボリュームが印象的なルック。ペンキをベタ塗りしたようなパープルやミント、ブルーなど色使いも鮮烈だ。
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3.中性的?未来的?宇宙人的?―奇抜なヘアメイク
服のインパクトを凌ぐほど衝撃的だったのは、ヘアメイク。眉毛と顔の両サイドをすっきりと刈り上げ、映画『スタートレック』のスポックのように短く切りそろえられた前髪は、従来の美意識に明らかに挑戦している。男女の差を超越し、“宇宙人のように見える”という意味ではもしかしたら人間らしさの枠からも抜け出たような、自由で未来的な表現だ。
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ちなみに髪をきれいにそり落とされた側頭部は特殊メイク用のシリコンを使い地肌のように見せているそう。モデルとして出演したベラとジジのハディット姉妹ももれなく、つるりとしたスタイルに変身。「ジジが出ていたのに気づかなかった!」との声も聞かれた。
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4.マークが注力するファッションアイデア
デザイナーとしてのマークは、何か一つのアイデアに対して数シーズンかけて取り組むタイプ。納得するまで追求したのちにはじめて、次なるアイデアに乗り換え、進化を積み上げていくというアプローチだ。アメリカらしいカジュアルな素材を使って、クチュール風のドレスアップスタイルに昇華させる、というのがここ数シーズンのアイデア。今季はデニムやキャンパス地、ざっくりニットなどの親しみのある素材に加え、フォイル(箔)、ラバー、プラスチックなど工業的な素材を用いた。コレクションの変遷を見ていくことで、マークがアイデアを練り上げていく様も見えてくる。
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5.アメリカ社会の“今”も分かる!
今季のコレクション発表に当たってマークはニーチェの言葉を引用した。「真実が原因で死なないために我々には芸術がある(We have art in order not to die of the truth)」。“辛い現実を目の当たりにしても、芸術を心の糧に生きていこう”という意の言葉は、コロナ禍の出来事を指すのかと思いきや、実は、ショーの3日前に米連邦最高裁が人工中絶の合憲性を覆す、という歴史的な判決を受けてのリアクションのようだ。
さらに、コレクションのテーマとして記された「Choice(選択)」と新作の内容がどう結びつくのかも、そのニュースとの関連という意味で合点がいった。このスローガンは選択の権利を主張する、アメリカ社会に対しての意思表明というわけだ。マークは以前も、ショーの終わりにヒラリー・クリントンがプリントされたTシャツを着て挨拶するなど、ランウェイを政治的な立場表明の場としても活用している。「変化の激しい時代の中でも私の感情は揺るがない。創造性は生きることに不可欠だ」というメッセージは、ショーのインパクトとともに来場者の心を打った。
All Images ©MARC JACOBS
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呉 佳子
ファッションディレクター
資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
オンラインサロンcreative SHOWER でナビゲーターを始めました!
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