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Collection

2016.11.08

東京コレクションレポート Vol.8 KOCHÉ

文/花椿編集室

写真/細倉 真弓

この秋冬のトレンドキーワードに、「ストリート・クチュール」ということばが挙がっている。読んで字のごとく、ストリートテイストとオートクチュールの要素を合わせたスタイルの事を指すのだが、それをもっとも象徴しているのはフランス発のブランド、KOCHÉ(コシェ)である。

KOCHÉは、パリに住むデザイナー、クリステル・コシェが2015年に立ち上げたばかりのプレタポルテメゾンである。エンポリオ アルマーニやマルティン シットボン、ボッテガ・ヴェネタ、ドリス ヴァン ノッテンのアトリエで腕を磨き、近年ではシャネルのカメリアやフェザーアイテムを手がけるクチュリエ、メゾン ルメリエでアーティスティック・ディレクターを務めていた彼女は、フェザーやビーズ、レースを用いて、クチュールの技術をプレタポルテの中に再現する。今年のLVMHプライズのファイナリストに、ファセッタズムの落合宏理らとともに選出された、いま、注目のデザイナーだ。

今年の春、私はパリでKOCHÉを見ていた。春とはいってもそれは3月上旬で限りなく2月に近く、つまりまだまだ冬だったその頃、そのショーはエスニック系のお店が軒を連ねるパサージュを舞台に行われた。エキゾチックな回廊をモデルが足早に歩き去っていく。彼らの歩く速度があんまり速すぎるから、写真を撮るのに苦戦した思い出がある。iPad越しに観るそのコレクションは、全体像で言えばストリート、しかし細部にリッチな装飾が施され独特な迫力を漂わせていた。あとで聞けばモデルと思われた方々は街でスカウトした一般の人たちだったそうで、その場所の演出といい、日常のリアリティを強く感じさせられたコレクションだった。

パリでのショー風景。ぶれました。ほんとにすみません
これはかろうじて見えますかね・・・ ともに2016-17年秋冬コレクション

そのKOCHÉが今回、BEAUTY&YOUTH(ユナイテッドアローズ)の取り計らいで東京でランウェイショーを行った。ブランド立ち上げから3シーズン目というなんとも早い展開、このタイミングでパリの若手最前線のクリエーションを東京で見られることは、誰にとってもとてもいいチャンスだと思った。場所は、原宿通り(通称、とんちゃん通り)。キャットストリート脇のムラサキスポーツから入りビームスの裏手を過ぎて、アローズのところに出る道だ。いい選択。

ヘア&メークは、前回パリで行われたコレクションに引き続き、資生堂が務めた。個々の個性を生かすナチュラルメーキャップが基本のKOCHÉ。今回は東京とあって、そこにどのような変化をつけたのか。

「今回のモデルはほとんどが日本人。いつものようにナチュラルに仕上げてしまうと平板な印象になってしまうので、グラマラスさの演出をより意識した」と語ったのはヘアのチーフ、計良宏文。パンキッシュな編み込みや濡れたような質感を加えたセミロング、切れ長の眼を強調するように眉上で切りそろえた前髪に、耳より下を刈り上げたマッシュスタイリングは確かにセクシーだ。

ヘアのチーフ、計良宏文(右)

大久保紀子が指揮を執るメークは、ハッとするレッドリップや力強い眉、濃いアイラインなどでアクセントをつけた。「ラフなタッチで、セルフメークの趣きを出すことがポイント」と大久保。バックステージの人混みの中にデザイナーのコシェを見つけた。スタイリングとヘア&メークの場所を行き来しながら、自身のイメージを穏やかに、しっかりと伝えている姿が印象的だった。

クリステル・コシェ(左)とメークのチーフ、大久保紀子

午後8時。ショーの開始時刻。とんちゃん通りを埋め尽くす観客は、自分たちが普段行き来する道でランウェイショーを行うというその珍しい出来事にいくぶん、高揚しているようだった。

ファーストルックは、モデルの鈴木えみ。KOCHÉのロゴと少しのグラフィックが施された黒のロングスウェットパーカにチュール・レースで覆われたフレアパンツ、スニーカーを合わせたルックで登場した。彼女を見て「ああ、ここは東京だ」と思った人は少なくないと思う。街でスカウトしたモデルに混じってマドモアゼルユリアやYOON、シトウレイらが登場し、東京気分を盛り上げた。ゴージャスなアクセサリーは全て東京ブランド、アンブッシュによるものだ。

スタイリングは秋冬と春夏のミックスで、ラフな着心地のアイテムに、ベルベットの光沢やレースでつくった透ける部分、さらにビッグシルエットを取り入れることでリッチな印象を加えた。それはKOCHÉの魅力を余すことなく伝え、モデルや場所、アクセサリーなど東京固有のものと掛け合わすことによって、コレクションはいっそうKOCHÉらしく、また東京らしくも見えた。

KOCHÉが東京らしい、とはどういうことか。パリで観たKOCHÉはパリらしかったのに。それはおそらく、KOCHÉが提案する「ストリート・クチュール」が真に今の時代を反映しているということだ。ファッションの舞台はあつらえたランウェイではなく、彼らの日常である“地元”であること。足早に堂々と歩くモデルたちをみれば、そこがいかにも居心地がいい場所であるということがわかる。気負わないラフなスタイルにオートクチュールの手わざによるエレガントな独自性を加えた服が、さらに彼らに自信を与え、ストリート・クチュールというスタイルの力強さを助長している。

ランウェイを観ながらこれが銀座だったら、とか京都だったら、などと考えてしまうのだけれど、さて、次はどこで?

(花椿編集室 戸田亜紀子)

使用商品

細倉 真弓

写真家

東京/京都在住
触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。写真集に「NEW SKIN」(2020年、MACK)、「Jubilee」(2017年、artbeat publishers)、「transparency is the new mystery」(2016年、MACK)など。
http://hosokuramayumi.com