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Collection

2021.04.30

今こそオプティミズム(楽観主義)をまといたい ―OVERCOAT

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

さわやかなスカイブルーや淡いイエロー、さっぱりとしたピンクに夢想的なグレー。NY発のファッションブランド、OVERCOATの21年春夏コレクションが鮮烈な印象を放っている。

OVERCOAT 2021年春夏コレクションより

業界の “伝説” とコラボ

心をすっきりと明るく照らすような楽観的なプリントのモチーフは、アートディレクターやグラフィックデザイナーとして90年代から活躍するピーター・マイルズの作品だ。ピーターと言えば、欧米のファッション業界では知らない人がいないくらいの実力者。ミニマルでモダン、洗練されていながらもヒューマニティーを感じさせるような、独特のセンスに定評がある。幅広く活動する彼の実績をいくつか挙げるとすると、マーク ジェイコブスやセリーヌ、プロエンザ スクーラーのロゴや広告など。セリーヌに関しては、熱狂的な人気を呼んだフィービー・ファイロ時代の世界観作りに、彼の飛びぬけた美意識はなくてはならないものだった、と今や伝説だ。

ピーター・マイルズ

一方、OVERCOATの大丸隆平も渡米から約15年。着実に知名度を上げている。大丸がもつパターンカッティングの確かな技術に、トム ブラウンやアレキサンダー ワンなど著名ブランドが絶大な信頼を寄せている。最近では、女性初の副大統領に就任したカマラ・ハリス氏が、選挙戦中に着用したスーツを大丸が手掛けたことも話題になった。

生活に華やぎをもたらす服

プリントがもつ楽観的なムードに焦点を当てた本コラボレーションの制作時期は実は、去年の春。ちょうどNYはロックダウン状態で、1日にだいたい5,000人ほどのコロナ新規感染を確認していたころだ。ウイルスという目に見えない敵の恐ろしさや、この後どうなっていくのか分からない状況が不安を呼び、街の雰囲気は重く沈んだ。鬱々とした人々の気持ちだけでなく、治安も悪化。夕方を過ぎたら、場所によっては昼間でも、女性の一人歩きは避けるべきという情報が飛び交ったという。

当然、NYのファッション業界も大混乱だ。コレクション発表は無事終えながらも、受注や生産に向けての重要な商談がロックダウンに阻まれた。キャンセルが相次ぎ、大丸が率いるパターンメーカー大丸製作所2も影響を受けた。そんな時にピーターから連絡があり、オリジナルの絵を使ってはどうかと提案してくれたのだという。ピーターがOVERCOATのためにセレクトした画像は4点。沈んだ心を明るく照らし、ふわりと持ち上げてくれるような、やさしくすっきりとした図案だった。「コロナ禍で先行きが不透明であっても、人々の生活に彩りを添えられるようなもの作りをしたい」という思いが大丸の中で膨らんだ。

ピーター・マイルズから提供された4枚の原画。

日本が誇る技術で原画のタッチを再現

原画は紙の上にスクイージーで描いたもの。ピーターが“アンチ・デジタル”と標榜したシリーズで、思いがけないにじみやかすれ、ムラなど、人の手による“味”が宿る。繊維の上でこれら表現をどう再現するかが問題だった。そこで、石川県に本社を置くファブリックメーカー、小松マテーレに依頼。大丸が長年モノ作りのパートナーとしてタッグを組む小松マテーレには、1670万色もの色出しができるプリント技術がある。
「この作品は均等に色が変化する一般的なグラデーションとは一線を画すもの。奥行きのある、にじんだ表現やかすれが非常に難しかった」と語るのは小松マテーレでOVERCOATを担当する関谷勇人だ。目指すべき「色目標」として原画を工場に見せると「これはこういう柄ですよね。このかすれはミスじゃないですよね?」と再三確認されたという。現場では試行錯誤を繰り返し、結果、大丸も納得の素材に仕上がった。「大丸さんが選ぶ素材というのは色味やツヤ感、素材自体の表情など、感性的な尺度が強いんです。モノの良し悪しを大丸さんは感性で判断する。それだけ、こちらからの提案が難しいわけですが、大丸さんに良いと言われると嬉しい。メーカーとしてやりがいがあるし、光栄です」と関谷は語る。

立ち止まらず続ける

日本で本コレクションを販売するポップアップキャラバンが京都、大阪、東京、福岡で開催されている(~5月2日まで)。来日した大丸に、パンデミック下のもの作りについてたずねると、「とにかく立ち止まらない」という言葉が返ってきた。「こういう時期だと作るものがどうしてもコンサバになってしまう。厳しい時代だからこそ、面白いものが必要。心が華やぐような服、手触りの良い服が着たいという思いに応えたい」。ピーターのグラフィックと同様、ふわっと優しい雰囲気の大丸の眼差しには、静かな意志が灯っていた。

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
オンラインサロンcreative SHOWER でナビゲーターを始めました!
まるでシャワーを浴びるかのように、美意識や感性に刺激を与える時間を重ねようというコンセプトです。ご興味のある方はぜひこちらをのぞいてみてください。
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