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東京喫茶部

2018.08.24

東京喫茶部「こころ」

文/小谷実由

写真/島田大介

夏休みといえば、おばあちゃんの家に行く。それが私の中で夏を感じられる一番の方法だった。そんなおばあちゃんの家に行くような、夏の余暇にぴったりの感覚がここにはある。東大前にある喫茶店「こころ」だ。

2階の窓際の緑と青のソファがひとつずつ並ぶ席がお気に入り。今日はそれに合わせて青緑色の古着のボーダーTシャツを着た。大きな窓から光が差し込んで、生い茂る木々から蝉の大合唱が聴こえてくる、店内ではひっそりと控えめに聴こえるラジオとお上品なママさんの声…これを夏休みと言わずしてなんと言おう。

ここにはお昼時にお腹を空かせて行きたい。ウインナーライスという大好きなメニューがある。今日は目玉焼きつきにした。赤いウインナーにソース味のキャベツ、そして3種類の色とりどりの漬物たちがご飯の上にどどんとのってやってくる。絶対にどこかで1度は食べたことのあるような、ほっとする味のわかめスープと共に。

夏の暑さと空腹で無心に食べ続けてしまった。夏祭りの屋台で買った焼きそばを夜の校庭で食べたときの特別感をぼんやりと思い出していた。ソース味のキャベツがきっとそんな思い出を引き出してくれたんだと思うけど、子供の頃食べた屋台の焼きそばと大人になったいま食べる喫茶店のウインナーライスで同じ気持ちになったことは、ずっと変わらない何かが自分の中にあるような気がして安心した。

食後にはレモンジュース。乳白色のテーブルに大きなドットのグラスが涼しげでずっと見ていたくなる。そんなぼーっとした気持ちで飲んだら思ったよりすっぱくて、今日1日ずっとぼんやりし続けていた頭がしゃきっと覚めた。

蝉の大合唱ばかりだった窓の外から、急に楽しげな笑い声が聴こえた。マスターとご近所さんが仲よく外の花壇を見ながらお喋り。こんな光景も、おばあちゃんの家で昼寝をしていたとき、外から聴こえた近所の人とおばあちゃんの声でよく目覚めていたことを思い出す。ここはおばあちゃんの家だったかなと錯覚してしまいそう、おばあちゃんちシックになりそうだ。

ソファの破れてしまったところのつぎはぎが、よーく見ると全てハート形にカバーされていた。そういえばウインナーライスの目玉焼きもハート形で、この店の名前は「こころ」。ハートの服を着てくればよかったな、持ってないけど。でも、次はハートの服を着て来ることにしようかなと思う。つぎはぎも、目玉焼きも偶然かもしれないけど、そんな小さなこだわりのようなものがあたたかい気持ちにさせてくれるお店。

そういえば前に来たときもこんな暑い8月の昼間だった。今度は真冬の雪景色の窓辺が見たい。いつも薄着でお気に入りの席の横にそっと佇んでくれるこの彼女も、マフラーとか巻いたりするのかな。

こころ
住所:東京都文京区本郷6-18-11
TEL: 03-3812-6791
営業時間:[月~金]9:00~19:00 [土]9:00~17:00
定休日:日

小谷実由

モデル

1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイの執筆、ブランドとのコラボレーションなども取り組む。 猫と純喫茶が好き。通称・おみゆ
https://www.instagram.com/omiyuno

島田大介

映像作家/写真家

映像ディレクターとしてキャリアをスタート。数々のCM やMUSICVIDEO などを演出し、カンヌ広告祭をはじめ国内外数々の賞を受賞する。2018 年、代表を務めた映像制作会社コトリフィルムを解散。 現在は作家としての制作を中心に活動中。