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東京喫茶部

2020.01.09

東京喫茶部「喫茶クラウン」

文/小谷実由

写真/島田大介

今回もずっと行ってみたかった喫茶店のひとつに訪れた。蕨(わらび)にある喫茶クラウン。蕨がどう読むのか、いつも忘れてしまっていた。それはきっとこの地を訪れたことがなかったから。しかし今ではもうちゃんと読める。まだ蕨を漢字で書いてと言われたら躊躇するけれど。

話によるとオーナーさんのおすすめは夕方の店内らしく、今回は夜の帳が下り始めた夕方に訪れた。冬の夜は早い。夕方の店内がおすすめの理由はお会いしてから聞いてみようと思っていたのだけど、残念ながらお会いできず。それならばと、自分で思う存分それを体感してみようと思った。

店に入るとすぐに、大きな螺旋階段がある。昔は入口に噴水もあったらしい。この喫茶店はビル1棟丸々がここのもので残念ながら今は1階だけの営業だが、以前は2階も営業していて3階は従業員のみなさんの部屋だったという。今もすごく品があって美しいお店だけど、できたばかりの瑞々しい頃を思うとまた胸が躍る。時々2階は80人ほどの団体さんのために営業をするらしい。いつか私も80人の喫茶店を楽しむ仲間を集められるだろうか。そんなときには絶対にここへ真っ先に来る。

ここのお気に入りは何と言っても色。紫色の空気が優しくふわりと覆いかぶさってくる。今ではこのカーブを生み出す職人さんがもういないという紫のアクリル装飾、これが私の大本命。大好きだ。ライトに照らされ神秘的な印象がほの明るい店内で際立つ。私は今年の秋冬、紫や藤色をなぜかとても意識している。最近、季節によって色を楽しみたいという気持ちが出てきた。そんな気持ちの中、初めて意識した色が紫だった。それに気づいたときに買ったお気に入りのOSHIMA REIのニットを今日は意気揚々と着込んだ。

この日はとても寒かった。冷たいソーダもパフェもさすがに食べる気になれず、夕飯前だしナポリタンもぐっと我慢したいところ。夕飯前って一番お腹が空いている。誘惑に苛まれながらメニューを見ると、充実した和メニューが。冷えた体を温めるためにお茶菓子付きの日本茶セットを注文。しかし、我慢ならずやっぱりおしるこも。まずは日本茶をすすりながらおしるこをにんまり待つ。

運ばれてきたおしるこに冬大満喫な気分を煽られ、早速いただく。子どもの頃はあんこがそんなに好きじゃなかった、だからおしるこもあんまりだった。いつからこんなにおしるこが沁みることがわかるようになれたんだろう。猫舌で恐る恐る食べることは幼い頃から変わっていない。

紫といえば、天然石のアメジスト。大好きな祖母の誕生石でもある。幼い頃、祖母の指には大きなアメジストの指輪がいつもはめられていた。いつしか祖母の手から見なくなったあの指輪。使わないなら譲り受けたいなぁなんて思い尋ねたところ、ずいぶん前に家に突然訪れた詐欺まがいの宝石商に安値で持って行かれてしまったという。私の大事な思い出が幻想になってしまいそうなショッキングな出来事だった。私はもういい大人だ。幻想じゃなくてちゃんと思い出として受け継ぎたい。あんな立派なものはあげられないけど、アメジストの指輪を祖母にプレゼントしたいなと思う。

やはり喫茶店は思い出を共有する場所として最適だと感じる。できれば大きな喫茶店で、広ければ広いほどたくさんの人の思い出が詰め込まれていて、感じることができる気がするから、大きな喫茶店が好きだ。夕方、窓の外は真っ暗で何も見えなくてこの空間だけが浮かんでいるように思う場所で、不思議な気分の中思ったことだった。この時間に来た意味はこれだったのかもしれない。

喫茶クラウン
住所:埼玉県川口市芝新町3-19
TEL:048-266-1207
営業時間:8:00~21:00
定休日:日、祝日

小谷実由

モデル

1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイの執筆、ブランドとのコラボレーションなども取り組む。 猫と純喫茶が好き。通称・おみゆ
https://www.instagram.com/omiyuno

島田大介

映像作家/写真家

映像ディレクターとしてキャリアをスタート。数々のCM やMUSICVIDEO などを演出し、カンヌ広告祭をはじめ国内外数々の賞を受賞する。2018 年、代表を務めた映像制作会社コトリフィルムを解散。 現在は作家としての制作を中心に活動中。