Rocky’s report from Shanghai
2023.08.29
Vol.38 日本でも知られる『封神演義』など、古典がテーマの中国映画が今夏のブーム
文/令狐磊 Rocky Liang
翻訳/サウザー美帆
日本の漫画家・藤崎竜の『封神演義』(集英社)は累計2000万部以上の大ヒット作品で、テレビアニメにもなっていますが、これは中国の同名の古代神話が元になっています。「封神演義」の現存する最後の版本は、明の時代(1368~1644年)に刊行されたもので、日本の内閣文庫に所蔵されていますが、この本の作者については詳しくわかっていません。ある個人の際立った想像力によって構築された、実に幻想的なストーリーです。
そして2023年の夏、中国では古典と神話を題材にした2本の映画が人気を博しています。ひとつは唐代の大詩人、李白を主題とした『長安三万里』。公開2日目で興行収入が2億元(約40億円)に達し、近年最も成功した中国アニメとなりました。舞台は安史の乱(755~763年)から数年後。唐の南西部が隣国の大攻撃を受け、唐の幕僚で詩人でもある高適が孤立した城の中で、自身と李白との思い出を宦官に語るという内容です。
もうひとつは、巨額の製作費が投じられ(噂では100億人民元=約2000億円)、準備も含め約10年に及ぶ製作期間を経て誕生した『封神第一部』です。これは「封神演義」を実写化した作品で、中国映画初の三部作スタイルのシリーズ第1弾。驚異的な特殊効果が用いられ、僕もその神秘的な古代中国の世界に耽溺しました。
『封神第一部』は、商(紀元前17世紀頃から紀元前1046年まで続いた中国最古の王朝、、殷ともいわれる)の王が狐の妖怪と結託して暴虐な支配を行い、神の怒りを引き起こしたり、崑崙(中国古代の伝説上の山岳)に住む仙人が人々を救ったり、王に反逆する者が現れたり、さまざまな勢力が暗躍し早いテンポで物語が進行します。時代は商から明の時代までに及び、まるで『ロード・オブ・ザ・リング』『スター・ウォーズ』『アベンジャーズ』のように、仙界、魔界、人間界のキャラクターが登場。無限に想像が広がる物語が繰り広げられます。
『長安三万里』では、李白が存在した盛唐の雰囲気や、杜甫や王維といった同時代の詩人たちの才気あふれる豊かな精神世界に感銘を受けますが、『封神第一部』では、かつて『グリーン・デスティニー』でアカデミー賞美術賞を受賞したティム・イップが美術を担当していることから、視覚的な効果も存分に楽しむことができます。
そしてそれは特殊効果だけに頼ったものではありません。映画の中に出てくる商の宮殿は、実際と同じサイズで復元されました。清華大学の泥塑の専門家によって基礎が作成され、安徽省と浙江省から来た木工職人が彫刻。ピーク時には約200人の泥塑、木彫、石彫などの職人が作業に参加。このためだけに約4年の作業時間が費やされたそうです。彩色や金箔が施された極めて華麗で複雑な装飾にも圧倒されます。
また、ハリウッドのトップクラスのスペシャリストが集結していることも『封神第一部』の特徴のひとつ。製作顧問は『マトリックス』や『ロード・オブ・ザ・リング』などを手掛けたバリー・M・オズボーン。特殊効果担当は『インデペンデンス・デイ』でアカデミー賞視覚効果賞を受賞したダグラス・スミス。音楽制作には『スター・ウォーズ バトルフロント』の作曲家として知られるゴーディ・ハーブが起用されています。
「私たちは映画全体に不思議な美的感覚をもたらそうと試みました。そして、この後に続くふたつの続編がさらに視界を広げ、中国神話の新たな世界を皆さんにお届けすることでしょう」と語ったのはティム・イップ。古代の中国には、魔界も仙界も実際には存在しなかったと思いますが、今、映画館の椅子に座れば、スクリーンが光り輝く瞬間に、僕たちは古代神話のファンタジーに飲み込まれてしまうのです。