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Rocky’s report from Shanghai

2022.01.24

Vol.19  歴史的建造物の商業利用は、上海の永遠のトレンド

文/令狐磊 Rocky Liang

翻訳/サウザー美帆

M on the Bund

 寄せては返す波のように、上海は常に新旧が絶え間なく交錯する街。歴史的建造物が立ち並ぶ外灘の、外灘5号ビルの7階にある有名なレストラン「M on the Bund」が2022年2月15日に閉店すると最近発表されましたが、このレストランは黄浦江を望むテラス付き西洋レストランの第1号で、オープンは1999年。歴史的建造物を保存しつつ商業施設として利用するスタイルは、その頃から上海の定番となっています。

M on the Bund

 さまざまな空間が生み出されている外灘の建築群で、最初に異彩を放ったのは外灘3号。2004年にエンポリオ・アルマーニが中国1号店としてこのビルの1階にオープン。翌年にはハイエンドな現代アートギャラリーも同ビルにオープン。当時開催された徐冰の個展「煙草計画 Tobacco Project」で、窓の外に流れる黄浦江に重なるように、上海開港当時の賑わいが水墨で描かれた作品があったのを今でもよく覚えています。外灘には、2007年に上海で最初に国際的なデザイナーズ家具を扱った「設計共和 Design Republic」が、2011年にはアーティスト・イン・レジデンスを有する「The Swatch Art Peace Hotel」などもオープンしています。

The Swatch Art Peace Hotel

 外灘以外の市街地にも古い建造物は多く残されていて、それらも商業施設として広く利用されるようになりました。リシュモングループのダンヒルのアートディレクターだった僕の友人のヤンは、淮海路796番地の「ツインヴィラ」と称される1921年建造の邸宅を「The Home of Alfred Dunhill Shanghai」としてリノベーション。極上の体験ができるメンズの館として2008年にオープンしたこの邸宅は、その緻密な修復作業が評価され、ユネスコのアジア太平洋文化遺産保全賞を受賞しています。

The Home of Alfred Dunhill Shanghai
The Home of Alfred Dunhill Shanghai

 南京西路のビジネス街にあるプラダ財団の上海レジデンス「栄宅」は、元々は製粉王、綿王などと称された栄宗敬の旧宅。プラダ財団により2011年に始まった修復プロジェクトでは、ヴェネチアから呼び寄せられた専門家たちが旧家の木製レリーフ、ステンドグラス、レンガ、鋳物などを丹念に修復し、6年の歳月を経て2017年に正式にオープンしました。

  上海に見事な洋館が数多く残っているは、約100年前の外国資本の投資によるものです。『南京路―東洋のグローバリズムの誕生』という本の著者で、当時の上海の研究家でもある作家の李天綱は、「ローカライズとグローバリズムが融合し、ある種の“世界の上海”もしくは“上海の世界”が誕生した」と説いています。西洋人居住者が西洋風の住宅を建て、それを中国人に売るというのが、当時の外国人デベロッパーたちのビジネスでもあったのです。

PRADA荣宅 photo by 彼得猫

 1920年代以降に建てられた外灘のビル群は、共同租界の繁栄と外資の大きな流入を象徴するもので、主にはオフィス施設として利用されましたが、1930年代になると居住のための洋館が増え始めました。1922年に市の中心と徐家匯聖イグナチオ大聖堂を結ぶ道路として衡山路が開通し、周囲の土地で商業開発が行われるようになりましたが、当時建てられた古い邸宅は、100周年を迎えつつあります。

 僕たちが運営する書店がある「衡山・和集 Hengshan Heji」の3階建ての建物は、1930年代はフランスのデベロッパーが所有していたもので、現在は国有デベロッパー徐房集団の子会社、衡復投資開発有限公司が所有しています。この企業は衡山路と復興路界隈の歴史文化景観区にある古い建物の保存と発展に力を入れていて、彼らの統計によると、総面積7.66平方キロメートルのこのエリアは上海最大の保存建築地区。そのうち衡山路と復興西路を軸とした4.3平方キロメートルの景観区には、優秀歴史建築が950棟、保存歴史建築が1,774棟、一般歴史建築が2,259棟が存在します。

衡山和集 photo by 田方方

 先日、このエリア内の湖南路にある、1930年代の邸宅を利用した友人のフレグランスショップ「観夏 TO summer 」を訪れました。1000万元近く(約1億8000万円)をかけて細部に至るまで丁寧に修復・改装された空間は、古建築の美しさが随所に感じられます。 オープニングギフトには、かつてこの家に住んでいた外国人画家を偲ぶ1編の小説本もそえられていました。

 

観夏
観夏
オープニングギフトの小説

 2020年末に上海で最初の店舗をオープンさせた「蔦屋書店」が選んだのは、当時築96年のスペインバロック様式の旧コロンビア・カントリークラブ。中国国内でも高い評価を得ている「BLUE BOTTLE COFFEE」が中国本土初出店に選んだのは、蘇州河畔の古い一軒家。国際的なブランドと歴史的建造物が記憶の痕跡を共有する。それはビジネス的にも効果が高く、上海では古い邸宅に店を構えるのは永遠のトレンドなのです。

蔦屋書店 photo by 彼得猫
BLUE BOTTLE COFFEE

令狐磊 Rocky Liang

クリエイティブディレクター/編集者

『生活LIFE MAGAZINE』など数々のカルチャー誌の編集長を歴任。現在は上海『衡山・和集』『方所 上海浦東店』など文化発信地的な書店のクリエイティブディレクターも務める。同時に文化とビジネスの新しいスタイルの融合を目指す文化力研究所の所長として『花椿』中国版の制作を指揮するなど多方面で活躍中。

サウザー美帆

編集者/翻訳者

元『エスクァイア日本版』副編集長。上海在住を経て、現在は東京を拠点に日中両国のメディアの仕事に従事。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』『造物的温度(ものづくりの温度)』(中国語、上海浦睿文化発行)。京都青艸堂の共同設立者として中国向け書籍の出版制作にも携わる。