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Rocky’s report from Shanghai

Vol.15  黄河のほとりに現れた新しいユートピア

2021.09.28

文/令狐磊 Rocky Liang

翻訳/サウザー美帆

『花椿』中国語版の制作にご協力いただいている、上海のクリエイター集団「文化力研究所」の代表で編集者の令狐磊(ロッキー・リアン)さんが、中国の“いま”についてレポートします。今月は、中国にいながらモロッコを旅した気分になれる宿泊施設「黄河宿集」です。

Photo by Rocky Liang

 高々と連なる砂丘、草のない砂利山、生き生きとした北西部の草原の先にある黄河の浅瀬の湾曲部。そこに姿を現すのは、原始的な村落を復元しつつ、さまざまな民宿ブランドを集合させ、中国の宿泊施設の新しいモデルとなっている「黄河宿集Huang He Su Ji」です。

 中国語の「民宿Minsu」という単語は、おそらく日本語の「民宿Minshuku」から派生した言葉で、その土地ならではの風情を体験してもらうことを主目的に、宿泊と食事のサービスを提供する家庭的なホテルを指します。ここ数年で中国各地には民宿が林立し、特に浙江省や雲南省などの美しい景観を持つ地域では、ブランド力を有しチェーン展開する民宿もあります。一方で、気候や環境があまりよくない場所に民宿がオープンするという話は、これまであまり聞かれませんでしたが、その流れも変わってきました。

Photo by Huang He Su Ji

 「黄河宿集」の所在地は、内モンゴル自治区アルシャー盟から甘粛省(かんしゅくしょう)中部、寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく)西部にかけて広がるトングリ砂漠の端。1949年頃は年平均4.5メートルで急速に砂が浸食した場所で、地元の人によると砂漠が管理される以前は、毎年春に吹き荒れる砂嵐で村中が粉塵に覆われ、衛星写真ではそれが日本列島にまで漂う様子が見えたそうです。

 中国の黄砂と緑地が拮抗するこのエリアで、地元政府は砂対策研究所を設立。1平米の麦藁グリッドで連結土を形成し砂の流出を阻止する戦略を立て、約3万人の人々が4年以上にわたって奮闘し、宝安鉄道の40キロの砂漠区間を修復。最終的には約540平方キロメートルの砂地を整備し、その防砂の功績は世界的にも知られています。

Photo by Huang He Su Ji

 そんな場所にある「黄河宿集」は、2019年に「南岸Nanan」「西坡Xipo」「大楽之野Da Le Zhi Ye」「墟里Xu Li」「飛蔦集Fei Niao Ji」というそれぞれが独自のデザインと経営理念を持つ異なった民宿ブランドの集合体としてオープン。全体の景観がモロッコに似ていることから「中国でモロッコを体感できる」と瞬く間にネットで話題になりました。

 その後、新たに「北島Bei Dao」「在小湾Zai Xiao Wan」などの民宿ブランド、アウトドアキャンプブランドの「跡外营地Ji Wai Ying Di」が加わり、全体では大規模ホテルと同等の80近い客室を有しています。また、ヒーリング&スパをテーマにした施設「Moksa」が間もなくオープン。高品質の工芸品ギャラリーとして知られる杭州の「元白Yuan Bai」も参加し、そのコンテンツはさらに充実しています。

Photo by Huang He Su Ji
Photo by Rocky Liang
Photo by Rocky Liang

 寧夏回族自治区の貧困で荒廃した村を復興させようという試みのもと、「温かみのある村の復元」をテーマに、土作りの平家の民宿は元々の村のように仲良く隣り合って建てられています。表面は清貧、内側はモダンな暮らしとスローライフのバランスが保たれ、フレンドリーで気配りのあるバトラーが、普通のホテルでの滞在とは異なる感覚を与えてくれます。

 キャンプブランドも参加しているので、ゲストは屋外でテントに滞在したり、砂漠の星空の下でディナーをカスタマイズしたりすることも可能。こういったスタイルは、コロナ禍が収束する以前に、中国の都市型生活を送る人々の間で新しいトレンドにもなりました。砂漠、砂礫、黄河、オアシス、万里の長城の遺跡、古代の村、夜空の星と月……、中国北西部を訪れたことのない多くの南部の都市の人々にとって、このすべてが新しい贅沢となったのです。

 また、ここで提唱されているのは村の復興だけでなく、異なる地方から訪れた人々による隣人コミュニティの回復。すべてのゲストが共有する中庭は、評論家で消費社会研究家としても知られる三浦展氏が説くところの「第四の消費」(人と人とのつながりを生み出す消費社会)を象徴するものかもしれません。

 革新的な宿泊形態とソーシャルデザインによって、人々はいつでも浸ることのできるノスタルジーを手に入れることができました。田舎に帰る、自然に戻る。新しい村落共同体のユートピア的な暮らしを、ここでゆっくり体験することができます。

Photo by Rocky Liang
Photo by Huang He Su Ji
Photo by Huang He Su Ji

クリエイターの紹介

令狐磊 Rocky Liang

クリエイティブディレクター/編集者

『生活月刊LIFE MAGAZINE』など数々のカルチャー誌の編集長を歴任。現在は上海『衡山・和集』『方所 上海浦東店』など文化発信地的な書店のクリエイティブディレクターも務める。同時に文化とビジネスの新しいスタイルの融合を目指す文化力研究所の所長として『花椿』中国版の制作を指揮するなど多方面で活躍中。

サウザー美帆

編集者/翻訳者

元『エスクァイア日本版』副編集長。上海在住を経て、現在は東京を拠点に日中両国のメディアの仕事に従事。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』『造物的温度(ものづくりの温度)』(中国語、上海浦睿文化発行)。京都青艸堂の共同設立者として中国向け書籍の出版制作にも携わる。

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