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Rocky’s report from Shanghai

Vol.14  上海当代芸術博物館 Power Station of Art(PSA)でエルジェ展開催。タンタンが帰ってきた!

2021.08.28

文/令狐磊 Rocky Liang

翻訳/サウザー美帆

『花椿』中国語版の制作にご協力いただいている、上海のクリエイター集団「文化力研究所」の代表で編集者の令狐磊(ロッキー・リアン)さんが、中国の“いま”についてレポートします。今月は、現在、上海当代芸術博物館Power Station of Art(PSA)で開催中のエルジェの展覧会に注目しました。

当代芸術博物館Power Station of Art(PSA)の外観 
©PSA

 都市開発や交通インフラの充実度から見ると、現在の中国は飛躍的な発展を遂げている国と言えます。しかしアートの領域においてはどうでしょう。意外なことに公立の現代アートミュージアムは上海当代芸術博物館Power Station of Art(PSA)ひとつしかありません。

 そういう観点で見ると、PSAはまさに上海の光。以前は現代アーティストやその周辺だけに焦点をあてていましたが、近年は建築、デザイン、イラストレーション、ファッション、プロダクトなど、都市に暮らすあらゆる人々が何かを得られるようなコンテンツを提示していて、 “モダン”の感覚や意味に対する思考を、より多角的に人々にうながしています。

 直近の注目すべき展覧会は、ベルギーのエルジェ美術館との共同開催による「タンタンとエルジェTinTin and Hergé」展。中国とベルギーの国交樹立50周年記念という政治的な意味合いももつこの展覧会は、同時にベルギーの国宝的漫画家エルジェ(本名:ジョルジュ・レミ)の重要な大回顧展でもあり、上海で開催されていることにも意味があります。

Hergé, the Curious Foxの展示より©PSA
Cœurs Vaillants Magazineの展示より©PSA

 「タンタンの冒険」シリーズの「青い蓮」(1936年)という作品で、タンタンはかつて上海に来たことがあります。友人のチャン少年と協力して国際的なアヘン密輸計画を阻止しました。中国に一度も来たことがないエルジェが、どのようにしてこの極東の旅を描いたのでしょう?

Lesson from the Eastの展示より©PSA

 本展では初期の作品や広告、タンタン創作の原点など、さまざまな角度からエルジェを考察していますが、その中のひとつの展示スペースでは、中国人アーティスト、チャン・チョンレン(張充仁)とエルジェの物語をたどっています。チャン・チョンレンは上海のカトリック系出版社・土佐湾印書館写真部で写真や製版、西洋絵画のデッサンなどを学び、その後、1931年にブリュッセル王立美術アカデミーに留学。そこで友人の紹介により、タンタンの制作を準備していたエルジェと出会いました。

エルジェとチャン・チョンレン1934年 ©MUSÉE HERGÉ

 意気投合した二人は毎週土曜日に会う約束をし、「青い蓮」のコンセプトを練り上げます。エルジェは、チャン・チョンレンから上海の風景や人々の習慣を教えてもらい、東洋のシンボルである神秘的な青い蓮をモチーフにした物語を創作。これは「タンタンの冒険」シリーズ初期の傑作になりました。彼が描いた東洋の龍もリアルで可愛らしい姿をしています。

Lesson from the Eastの展示より©PSA

 エルジェは後に、チャン・チョンレンにこのような手紙を書いています。「マルコ-ポーロに続いて僕に中国を紹介してくれたのは君。中国の文明、思想、芸術、アーティストを紹介してくれたのも君だ」。チャン・チョンレンと共にリアリティある物語を追求した経験は、後の「タンタンの冒険」シリーズの完成度にも大きな影響を与えました。また、戦争で離れ離れになり長く会えなくなっていたチャン・チョンレンを想い、戦後エルジェはチャン少年を主役にした「タンタン チベットをゆく」(1960)を創作しています。そしてこの回顧展で、タンタンは再び上海に戻って来ました。

Noverlist of the Imageの展示より©PSA
Portrait of Hergé. ©Hergé - Moulinsart 2021

 このタンタン展と同時期に開催されている、カルティエ現代美術財団による「樹,樹 Tree」展も見応えがあります。なぜ樹が二つかというと、これはパリで行われた同展の上海版で、中国のアーティストや建築家による「樹」をテーマにした作品も加えられているからです。カルティエ現代美術財団によるPSAでの展覧会といえば、2019年の日本の建築家・石上純也の個展に行列ができるほど多くの人が訪れたことを思い出します。

Afonso Tostesの作品©PSA
Johanna Calleの作品©PSA

 中国のミュージアムというと、今は北京のユーレンス現代美術センター(UCCA)、深圳の華僑城当代芸術総館、上海の浦東美術館や西岸美術館など、大企業による運営が主流ですが、上海のPSAの動向は、他の都市が自らの都市に公的な現代アートのミュージアムを設立するかどうかの指針にもなっています。

 コロナが終息し、もしPSAを訪れる機会があれば、中国を代表するこの美術館で多様なアートに触れ、モダン都市上海の魅力を体感してください。なお展覧会観賞後は、5階のテラスから黄浦江両岸の素晴らしい風景を堪能することも、どうぞお忘れなく。

上海当代芸術博物馆
(Power Station of Art)

中国本土初の公立の現代アートミュージアム。もとは1897年建築の発電所で、2010年上海万博の際に城市未来館として利用され、その2年後にミュージアムとしてオープンした。発電所の165メートルの煙突や巨大な温度計などはそのまま残され、上海のランドマークにもなっている。「タンタンとエルジェ」展は10月31日まで。
https://www.powerstationofart.com/whats-on

クリエイターの紹介

令狐磊 Rocky Liang

クリエイティブディレクター/編集者

『生活月刊LIFE MAGAZINE』など数々のカルチャー誌の編集長を歴任。現在は上海『衡山・和集』『方所 上海浦東店』など文化発信地的な書店のクリエイティブディレクターも務める。同時に文化とビジネスの新しいスタイルの融合を目指す文化力研究所の所長として『花椿』中国版の制作を指揮するなど多方面で活躍中。

サウザー美帆

編集者/翻訳者

元『エスクァイア日本版』副編集長。上海在住を経て、現在は東京を拠点に日中両国のメディアの仕事に従事。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』『造物的温度(ものづくりの温度)』(中国語、上海浦睿文化発行)。京都青艸堂の共同設立者として中国向け書籍の出版制作にも携わる。

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