Rocky’s report from Shanghai
2021.07.28
Vol.13 ジャン・ヌーヴェル設計の上海浦東美術館で蔡國強展が開催中
文/令狐磊 Rocky Liang
翻訳/サウザー美帆
『花椿』中国語版の制作にご協力いただいている、上海のクリエイター集団「文化力研究所」の代表で編集者の令狐磊(ロッキー・リアン)さんが、中国の“いま”についてレポートします。今月は、7月にオープンした「上海浦東美術館」で開催中の蔡国强(サイ・コッキョウ)さんの展示に注目しました。
鄧小平による改革開放が始まったばかりの時期に、中国で『19世紀フランス農村風景画』というタイトルの展覧会が催されました。自然を愛し、写実的な技法と自由な生活への追求を結びつけたバルビゾン派の巨匠たちによる作品は、文化大革命を生き延びた中国のアーティストたちを強く啓蒙しました。
1977年に北京で開催され、1978年に上海に巡回したこの展覧会に訪れた多くの観客の中に、福建省泉州から来た一人の青年がいました。このとき、初めて本物の西洋絵画を目にし、後に“打ち上げ花火”作品で著名になった蔡國強です。彼はその当時をこう語っています。「若い私にとって、上海は遠い西洋文化をリアルに体感できる場所でした」
上海戯劇学院で舞台美術を学んだ後、日本やニューヨークに滞在、現代アートの世界に足を踏み入れた蔡國強は、2001年の上海APEC会議での花火プロジェクトをはじめ、2010年の上海万博と同時にオープンした外灘(ワイタン)美術館のオープニング展のキュレーション、2014年の花火による長い巻物を黄浦江(コウホコウ)上空に打ち上げたセンセーショナルな個展「九級浪」も話題になりました。そして7月8日にオープンした上海浦東美術館のオープニングで、また上海に戻ってきたのです。
浦東(ホトウ)美術館は東方明珠(トウホウメイシュ)テレビ塔と黄浦江に挟まれた金融地区で知られる陸家嘴(りくかし)にあり、上海のリーダーたちはこの美術館が世界的な金融都市に相応しい美術館になることを期待しています。上海には既に数多くの美術館やギャラリーがありますが、浦東美術館は強い資金力を持つ陸家嘴グループが出資運営。ロンドンのテート・モダン、ニューヨークのメトロポリタン、パリのルーヴルに並ぶ美術館として、上海アートの国際的なランドマークとすることを目的としています。
川を挟んで立ち並ぶ外灘の歴史的建築群が2階から見渡せるこの美術館を設計したのは、フランス人建築家のジャン・ヌーヴェルとそのチーム。ヌーヴェルは非常にシンプルな四角い箱を構築しました。箱の内側には長さ55メートルの平行した2つの「鏡の間」があり、それぞれ高さ6メートルと12メートルの空間には反射率の高いLEDスクリーンが設置され、そこを歩くとスクリーンに映る人物がパラレルワールドを歩いているように見えます。デザインコンセプトは、マルセル・デュシャンが「大ガラス」で表現した四次元に由来しているそうですが、ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」の現代的解釈のようにも見て取れます。
オープニング展示のひとつは『光:テート美術館コレクション展』で、名作「オフィーリア」をはじめ100点以上が展示され、同時に開催されているミロ美術館による『ミロ:女·小鳥·星』展では数々のミロの作品も見ることができます。こういった西洋の大作を持ってこられるところにも、この美術館の力が示されています。
そしてもうひとつのメイン展示が蔡國強の『遠出と帰郷』展。西洋美術との出会いや中国文化の精神を思わせる絵画作品と同時に目を引くのは、LEDによるダイナミックな光のインスタレーション「未知との遭遇Encounter with the Unknown」。この作品は、建物の中央エリアに位置する17m×17mの正方形、高さ34.4mというジャン・ヌーヴェルがこの美術館のために設計した特別な展示スペースで制作されました。
過去にドキュメンタリー映画『天国への階段Sky Ladder:蔡國強の芸術』の中で、“宇宙に行くことは不可能だと感じていたが、芸術は宇宙へのタイムトンネルだと考えている”と語っているとおり、蔡國強にとって宇宙は一貫したテーマ。若い頃から抱く宇宙への憧れと、マヤ文明の宇宙観から受けたインスピレーションが融合された作品は、アインシュタイン、ホーキング博士、あちこちから私たちを見つめる目、宇宙人のイメージなど、コンピュータ制御による光の絵画を通した幻想的かつ多次元のビジュアルによって、蔡国强の未来への夢を表現しているかのようです。
上海を自分が航海を始めた港と見なす蔡國強にとっての「遠出と」帰郷」。遠くに旅に出る、それは広大な宇宙に永遠の故郷を求めるということ。そんなことも思わせる展示です。