次の記事 前の記事

Rocky’s report from Shanghai

2021.06.24

Vol.12  筆で神々を生み出すアーティスト、文那(ウェンナ)を知っていますか?

文/令狐磊 Rocky Liang

翻訳/サウザー美帆

『花椿』中国語版の制作にご協力いただいている、上海のクリエイター集団「文化力研究所」の代表で編集者の令狐磊(ロッキー・リアン)さんが、中国の“いま”についてレポートします。今月は、Vol.11でも触れた中国版の大地の芸術祭「芸術在浮梁2021」にも参加し、中国で注目の若手アーティストについてです。

「くじ引き老人」と各所に設置された標語。 photo by 劉新征

 ウェンナは精霊だ! 景徳鎮郊外で行われた中国版の大地の芸術祭「芸術在浮梁2021」で、僕はそう思いました。芸術祭の22の出品作の中で特に人気が高かった作品のひとつが、この若い中国の女性アーティストによる「くじ引き計画」でした。

ウェンナによる「くじ引き計画」の手書き解説。

 彼女は福建省から木彫職人を招き、「くじ引き老人」を制作、廃屋となっていた村の売店に設置しました。参観者がこの木像老人(木製の老人像)の手を広げるための紐を引っ張ると、1から9までのうちのひとつの番号が出てきます。次に木像老人の後ろにあるキャビネットから、番号に対応するサインを得て、次はそれに対応する標語を村の中から探し出します。標語は茶山の展望台、古民家の壁、旅行案内所のガラスドアなど、さまざまな場所に配されています。彼女はこのインタラクティブな作品を通して、人と土地の関係を再構築し、くじを求め、答えを求めるプロセスを通じて、参加者に心理的な空間と村落の物理的な環境や社会との間につながりを見出してもらおうと試みました。

「くじ引き老人」と各所に設置された標語。 photo by 劉新征
「芸術在浮梁2021」での創作の様子。 photo by 劉新征

 僕が初めて彼女の作品を見たのは、早くから陶芸の村として栄えていた景徳鎮の三宝村でした。そこはアーティストの李見深(リー・ジェンシェン)が陶芸家の国際交流の場として創設した芸術村で、2010年当時、新聞社の挿絵画家だったウェンナは、李家の土壁に最初の壁画を描きました。それは中国の伝説上のかまどの神・灶王爺(そうおうや)、酒の神・杜康(とこう)、茶の神・陸羽(りくう)の三神。その絵が評判を呼び、彼女が描く神々は最後には108にものぼり(72人は伝説上の神、36人はウェンナが創作した神)、その壁画によって三宝村は景徳鎮の名所になりました。

 その後、僕と彼女が初めて会ったのは2017年。エルメスが上海で行った「奇境漫歩Fantasy Walk」展です。エルメスによる大きな巡回イベントで、毎回開催国のアーティストに作品制作を委ね、このときはウェンナが選ばれました。地下鉄をテーマとした彼女の作品「パリー上海」には、彼女が創作した神々以外にも、アポロ神、財神、シヴァ神、アフリカのトーテムなど、世界中の神々がホームで地下鉄が来るのを待っている様子が描かれました。

上海でのエルメス「奇境漫歩Fantasy Walk」展で制作された作品「パリー上海」。
エルメスのイベントでのコラボレーションの一環で、上海の人気書店「衡山和集」のウィンドウ用につくった作品。

 ウェンナの作品は、中国古代神話に出てくる各地の山脈、草木、鳥獣、鬼神、怪物などを解説する中国最古の地理書「山海経」を彷彿とさせます。しかし「山海経」に出てくる鬼神などとは違い、彼女の描く神々は、より現代の生活に結びついたものです。北京の地下鉄の国貿駅に描かれた巨大壁画「衆神上班図(神々の出勤図)」では、道教の仙人として信仰される八仙(日本の七福神のようなもの)を巧妙に用い、それぞれを社長、人事、マーケティングなどの役職として描いたり、カラオケでマイクを独占する神、地下鉄に乗りながらスマホで連続テレビドラマに熱中する神、ネットショッピング中毒の神なども登場します。
 2020年上海当代芸術館で開催された「スヌーピー70周年展」では、巨大な作品「中国夢」を描きました。ビーグル犬としてのスヌーピーと仲間たちが、雲の上で天空の神の姿になり悪魔と大立ち回りをしている様子で、この作品は展覧会のテーマである 「What a Wonderful Day!」とも呼応していました。

北京の地下鉄の駅に描いた「衆神上班図(神々の出勤図)」。
「スヌーピー70周年展」で描いた「中国夢」。

 中国の伝統的壁画と同じく、彼女の作品も朱色、藍色、茶色などで彩色されていることが多く、長方形の縦書きで人物を文字で表示する手法は、敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)の壁画(世界遺産でもある色鮮やかな仏教遺跡)の伝統を受け継いでいます。上海の版画スタジオ「印物所」のために制作した「食経図」は、「推背図」(古代中国の予言書)に出てくるツボの概念を表現したものですが、ここに描かれているツボは彼女が創作した架空の人体のツボです。
 また、陳凱歌監督の映画『妖猫伝』では、さまざまなキャラクターを描いたポスターを作成。彼女は人物ではなく猫を描き、その横には「白居易」「楊貴妃」などと記されています。

上海の版画スタジオ「印物所」のために制作した「食経図」。photo 印物所提供
陳凱歌監督の映画『妖猫伝』のキャラクターのポスター。

 彼女の作品には中国の要素が多く見受けられますが、自分の作品は何にも影響を受けていないと本人は言います。「私はもともと中国的要素が嫌いで、最初は西洋の水彩画が好きでした。でも神々を描き始めた瞬間、ずっと封印されていたとても大きな宝箱を開いた感覚がありました。それは私がずっと意識していなかった、中国で生活している私の目に入るあらゆる日常、私が受けた教育です。私が成長する中で見たり聞いたりしたすべてのものが、作品の源になっています」

 また、自分の作品のスタイルについて彼女はこう語っています。「よい作品とは、新鮮でありユーモアがあることだと思っています。でも、そのことを考えると、私はいつも冷や汗をかいてしまいます。そういう作品をつくらなければと思うと、緊張してしまうんです」

 コロナ禍の中でも彼女は忙しく創作活動を続けていますが、コロナが終息したらどこに行きたいかと聞くと、このような答えが返ってきました。「故郷の新鮮さを感じるのも遠く離れた場所で帰属意識を体験するのも好き。家の庭に広がる木々とモーリシャスの日暮れの海岸は同じように不思議でロマンチック。だからどこでもいい。コロナが終息した後に、自然に導かれる場所に行きたいです」

 ウェンナは筆で神々を生み出す特異なアーティスト。奇異な中国神話の美学、また彼女自身の美学を、これからもアクティブに表現し続けていくでしょう。

文那(ウェンナ)
清華大学美術学院版画科で木版、銅版、シルクスクリーンを学び、卒業後は北京青年報社で挿絵を担当。多くの小説、童話などの挿絵、演劇のポスターなどを手掛ける。その後、中国絵画の中の神々の造形から新たな神々を創作。壁画をメインに、下描きなしでダイレクトに描く手法で、さまざまな場所に作品を残している。

令狐磊 Rocky Liang

クリエイティブディレクター/編集者

上海の出版社Modern Media社が発行するカルチャー誌『生活LIFE MAGAZINE』『週末画報Modern Weekly』などのクリエイティブディレクターを務める。同時に文化とビジネスの新しいスタイルの融合を目指す文化力研究所の所長として『花椿』中国版の制作を指揮するなど多方面で活躍中。

サウザー美帆

編集者/翻訳者

元『エスクァイア日本版』副編集長。上海在住を経て、現在は東京を拠点に日中両国のメディアの仕事に従事。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』『造物的温度(ものづくりの温度)』(中国語、上海浦睿文化発行)。京都青艸堂の共同設立者として中国向け書籍の出版制作にも携わる。