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今月の詩

2021.02.01

おねえさん

詩/もうりひとみ

お化粧をするときよりも
お化粧をおとすときがすき

つくとどうぞとお茶をだされた
お天気の話をしたあとで
さあ見ましょうかと道具をだす
透明感がある肌ね
とお姉さんは言った
姉のいないわたしはそれだけで
お化粧をしたことのない肌を誇らしく思った
お化粧をしにきたのに
どうやって落とすかを丁寧に教えてくれた
目を大きく見せる方法じゃなく
安心して鏡を覗く習慣を教えてくれた
疲れた日
ゆっくりマッサージのあとで
お化粧もうとっちゃうから
今日はすぐ帰っちゃって
もうそのまま寝ちゃいなさいよ
高いお薬よりサプリより
それがいちばんあなたに効くわ

駅前の小さなお店に、おねえさん、と呼ばれるおばあちゃんと、
お姉さんみたいなおねえさん
ひたひたにするのよとコットン
ひたひた、とわたし
食べて寝るのよ
でもできなかったら時にはこうして何かに頼るの
それでいいの
おねえさんはなんの話をしていたのか

肌を作るためだから、と見せられたリストはみんな、
「じぶんにやさしくなさい」と言っていた
おばあちゃんのおねえさんは
「またきてね」と飴玉みたいにティッシュをくれた

食べて眠れるわたしになって
十年は通った店に、行くこともなくなって
化粧はどんどん薄くなり
化粧水が手に入らない状況に
なくても暮らせることを知る
鏡を覗けばたいていの
不調のサインに気がついて
とびきりやさしくしてやれる

登録していたお店からの
案内のメールに休業のお知らせがある
二十歳だったわたしは
おねえさんとおねえさんのまえで
いつもお化粧をおとし
ひたひたをもらった たくさんもらった
なくても暮らせるあの店が
なくならないでいますよう

 

 

選評/大崎清夏

 私の地元の町にも小さな化粧品店があった。中学生の頃だっただろうか、どきどきしながら店のドアを開いてはみたものの、何を買えばいいのかよくわからなくて、そそくさと出てしまった覚えがある。おねえさんとの関係を結ぶには、まだ早すぎたのだろう。
 町の化粧品店のカウンターの奥にいるおねえさんは、デパートの化粧品売場のおねえさんとはすこし違う。きっと同じ町に住んでいるであろうそのおねえさんは、まるで自分の孫に話しかけるように、あるいは妹の面倒をみるようにお客さんに接するので、お化粧品を売ることよりも、ちゃんと睡眠をとることの大切さを伝えるのが、仕事みたいになっている。
 「ひたひたにするのよ」「じぶんにやさしくなさい」の優しい響きにリアリティがあって、「わたし」がお世話になったおねえさんたちの慎ましい暮らしまでが見えてくるようだ。後半、時間が大きく飛躍して、自分で自分の世話をしてやれるようになった「わたし」におめでとうと言いたくなるのと同時に、最終連の「休業」の二文字にどきっとする。自分の周囲のいくつもの「なくても暮らせるあの店」を、もうなくなってしまった店も含めて、思いださずにはいられなかった。