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今月の詩

2021.03.01

デモ

詩/小泉綾子

ピアノレッスンから帰る途中の大通りで、
山羊座の少女二人はデモ隊に遭遇

不思議なリズムの太鼓に
少女たちは吸いつくような心持ちで、
足は気づけば群衆へ向かっている

さっきまで、あれほどおしゃべりだった
山羊座の彼女たち
一人は女優になりたくて、
もう一人はスプリンクラーになりたかった

話し合ったことはなかったけれど
二人ともいつか、
駅前のスターバックスに行ってみたいと思っていて

会話とは、
頭に浮かんだ言葉を
好き勝手にまくしたてることだと思っていた

黙ったまま顔を見合わせ、二人は列の一番後ろにつく

「一緒に持ちましょう」
眼鏡をかけた女性に誘われ、プラカードをそれぞれ握った

花や馬や裸の人間の絵と
アルファベットの赤い文字

もみくちゃにされるうち
どこからともなく現れたカメラマンに、写真を撮られた

山羊座の少女たちは恥ずかしかった

すれ違う人々の軽蔑の眼差しは、
いやおうなしに少女たちにも向けられるが
彼女たちにその意味がわからなかった

楽譜の入ったカバンを肩にかけ直し
リズムに乗っとられたまま、山羊座の二人は歩き続ける

少女たちは泣きたいような、眠たいような、
そんな気分だと感じてた

その気持ちの名が憐れみであることを
ふたりともまだ知らなかった

 

 

選評/穂村 弘

二人の少女
 「デモ隊」の「列の一番後ろ」について歩きながら、けれども、二人の少女は、その意味を理解していないようだ。それ以前に、存在の位相がまったく違っている。「デモ隊」は現実の中で自分たちの主張を実現しようとしている。また、「デモ隊」に「軽蔑の眼差し」を向けてくる人々には別の考えがあるのだろう。だが、二人の少女は「不思議なリズムの太鼓」に吸い寄せられただけなのだ。
 そんな二人の夢というか主観的なポテンシャルは、「デモ隊」や「軽蔑の眼差し」を向けてくる人々とは比較にならないほど大きい。なにしろ、「女優」から「スプリンクラー」にまで広がっているのだ。にも拘わらず、そんな二人は「駅前のスターバックス」にも行ったことがない。でも、だからこそ、ポテンシャルは無限なのだろう。「デモ隊」に混ざってしまった二人は、人間の群れについてゆく生贄の「山羊」なのか。いや、もしかしたら現在に紛れ込んだ未来人なのかもしれない。「カメラマン」が撮った「写真」には何が映っていたのだろう。