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今月の詩

2018.10.02

遠響

詩/伊藤大樹

いくえにも
夜を孕むから
安全な
日常を確立できませんでした
黄色い線の内側に立って待っていると
銀色の鉱物が
やわらかく明け方をつらぬく

夜明けを
文字と等間隔に並べ
メール越しに
潮騒を聞いている

私の脈拍に
朝が追いつく
兵馬俑のように
電車にゆられ
うつくしい秘密を
かかえたまま
階段をおりる

淡々と
淡々と
洪水のように夜が流れ
私は何度目か
手紙を出し忘れる

     

選評/高橋源一郎

個人的な思い出

 ぼくが文学に目覚めたのは中学生(中高一貫校だった)の頃だった。ぼくの周りには、天才児が何人かいて、ドイツ語やフランス語で詩を読むような連中だった。後に東大で内田樹さんに深い影響を与えるTくんなど、圧倒的な影響力を持ってメンター(師匠?)の役割を果たしてくれる子がいたのである。Mくんもそのひとりだった。Mくんはピアノを弾いて、好きな詩人はリルケ、トラークル。もちろんドイツ語で読んでいた。Mくん自身も詩を書いていた。後に、ぼくは、Mくんも誘って同人誌を作ったとき、彼が書いた何篇かの詩が忘れられない。静かで、透明で、純粋さをそのまま取り出したような詩だった。
 伊藤大樹さんの「遠響」と、なんの関係もない話を長々としたのは、この「遠響」が、半世紀前に読んだMくんの詩とよく似ていたからだ。そう、こんな詩だった。夜明け前から明け方にかけての空気を感じさせる詩。夢から少しずつ覚めてくる感覚。その感覚が、若い人間だけが持っている不思議な情感を思い出させてくれる。Mくんの詩でぼくがいちばん好きだった作品では、明け方近い頃、都市の底を流れる幻の川をゆっくりイルカが上流に向かって泳いでいたっけ。ありがとう、伊藤さん。読みながら、高校生の頃に、ぼくは戻っていました。