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Column

2019.02.28

世界サウナ紀行 Vol.10 Destination : Stockholm (Sweden)

文、写真/大智由実子

イラスト/ほりゆりこ

さて10回目となる今回の旅の目的地は北欧、スウェーデン。インテリアからプロダクト、ファッションまでありとあらゆるものが泣く子も黙るほどに洗練されたデザインで、もはや「センスのかたまり」と化した街、ストックホルムです。
 そんなストックホルムにもパブリックのサウナ施設があると聞いたら行かない訳にはいきません。どんだけセンスのよいサウナがあるのかと期待に胸をふくらませながら向かった先は、街の中心部にあるセントラルバーデット(CENTRALBADET)です。それはそれはモダンで洗練されたデザインのサウナ施設なのかと思いきや、なんとそこにそびえたっていたのは1904年に建てられたアール・ヌーヴォー様式の優美な建物でした。「えっ、ここに本当にサウナがあるの?」と疑問に思いながらも美しいニンフのレリーフが刻まれたエントランスのドアを開けると、クラシカルなホテルのロビーのような空間があり、その先は緑豊かな中庭へと続いています。その時点ではここにサウナがあるということは微塵も感じさせません。「あれ?間違えたかな……」ともう一回エントランスに戻ると、右側に「ENTRE(入口)」と書かれたネオンがあり、その下に手書きで小さく「CENTRALBADET」と書かれていたのです。

セントラルバーデッドの入り口。

 入口を入ってみると地下へと続いていて、その道すがらにも随所にアール・ヌーヴォー様式のディテールがあり、クラシカルな男性用のグルーミングサロンもあったりしていちいち写真を撮りたくなります。脇目をふりながら階段を降りてようやく受付にたどり着きました。入館料を支払い、受付をすませロッカールームへ行くとそこもまた可愛らしい! 床は市松模様のタイルで、貝殻をかたどった洗面台には蓮の花が描かれています。サウナに入る前にもうこの時点でテンションは上がりまくり。荒くなる鼻息をこらえ、水着に着替えてシャワーを浴びます。浴室へと続くドアを開けるとそこには意外とモダンなデザインのお風呂エリアが登場。床や壁は大理石でできており、まるで高級ホテルのスパのようです。このお風呂エリアには水風呂の他にジャグジー風呂や足浴なんかがあり、水着着用で男女混浴。私たちが行ったのは平日朝だったので利用客は少なく、私たちの他にはおじさまがひとりバスローブでゆったりくつろいでいたくらいでした。

タイルは市松模様、洗面器の花模様も可愛い。

郷に入っては郷に従え、 スウェーデン式真っ裸サウナ。

 いつも初めて行く国のサウナマナーに関しては現地の人たちのふるまいを見よう見まねで学習していたので、先客がいないことに若干不安を覚えつつもお風呂エリアをぬけてサウナエリアへ。スウェーデンのサウナでは基本的には水着着用は禁止という情報だけは入手していたので、サウナエリアでは水着を脱いで裸になり、タオルで身体を隠しながらサウナ室へ向かいました。まず最初に向かったのはスチームサウナ。しかしこのスチームサウナ、ただのスチームサウナじゃないんです! 入ってまず驚いたのは中央にある高さ1.5メートル程はあるどでかいクリスタル! そしてその背後からもくもくとハーブのスチームが噴き出しています。さらにヒーリング系のBGMが流れていて、そこは意外にもスピリチュアルな雰囲気のサウナでした。温度と湿度もバッチリで、ハーブの香りとクリスタルのヒーリングパワー(?)でしょっぱなから脳みそはトリップ気味。ただ、先客がいなかったので全裸で入るのが正しいのかどうかわからず、さっきのおじさまが水着着用で入ってきて全裸の私たちに驚いたらどうしよう……と若干ビクビクしてもいました。
 スチームサウナで温まり汗をかいたら「さぁ水風呂へ!」と行きたいところですが、水風呂があるのは最初のお風呂エリア。お風呂エリアは水着着用必須です。裸のまますぐにでも水風呂に入りたい気持ちを抑えつつシャワーを浴びて水着を着てまたお風呂エリアへ。「ちょっと面倒だな……」と思いながらも深めの水風呂でクールダウンし、リクライニングチェアで休憩していたらうっとりするような恍惚感がやってきました。お風呂エリアにはサモトラケのニケの彫像や観葉植物があり、天井近くにある窓からはやわらかな自然光が差し込んできます。そんな美しい空間では自然と心も調律がとれて優雅な気分になってきます。
 その他にもロウリュができるフィンランド式サウナや女性専用サウナ、さらには巨大な扇風機で砂漠を吹く風を再現した謎のサウナ(?)もあったりして、それはそれで楽しませてもらったのですが、実はこのセントラルバーデットの一番の売りはサウナではなくプールだったのです!

とにかく豪奢な空間に感動。 サウナ以外のスペースも魅力的

 サウナで気持ちよく優雅な気分になった後に階段を登ってプールエリアへ足を踏み入れた途端、眼前に広がる空間のあまりの美しさに息をのみました。そこはまるでウェス・アンダーソンの映画のセットかと見間違うようなクラシカルだけれど独創的で美しい空間。いやもうこれはプールというよりかは劇場です。天井近くの大きな窓からは自然光が降りそそぎ、その下にある観葉植物を美しくライトアップしています。正面のステンドグラスには夕日が沈む湖が描かれており、その周りには鳥が飛んでいるレリーフが施されています。その下にあるシャワーブースには水中の植物と魚が描かれていて、左右には休憩できる個室ブースが配置され、2階部分にはハンモックもあり……ここはもう現実世界ではなく夢の中のよう。プールで泳ぐ人たちも劇中のエキストラのように見えてきます。他にも食事のできるカフェテリアや屋上のサンデッキなど見所はたくさんあり、見惚れているとあっという間に一日が過ぎてしまいます。

まるで劇場のようなプール!

 気がつけば今回はサウナのことにはあまり触れていませんが、スウェーデン人のプールへ注ぐ情熱は一体なんなんだろう、と興味がわいてきました。なぜプールをこんなにも美しく装飾的につくり上げる必要があったのでしょうか? 実は他にももうひとつストックホルム市内のサウナに行ったのですがそちらもプールの装飾に力を入れており、とても美しかったです。このようなプールができた背景についてちょっと調べてみたところ、まだ各家庭にお風呂がなく水に浸かる習慣がなかったため衛生状態が悪く結核で命を落とす人も多かった20世紀初頭、衛生面向上と健康促進のため、お風呂とプールと日光浴をする庭をセットにした建物が建てられるようになったそうです。そしてそのような公共の建物にはその時代に流行した建築様式が取り入れられ、こういったアール・ヌーヴォー様式のプールがヨーロッパ各地につくられたそうです。アール・ヌーヴォーといえばイギリスやフランスといったヨーロッパの印象が強いですが、北欧のスウェーデンでもこんな形で花開いていたのですね。しかもそんな歴史的建造物、いや、芸術作品の中でサウナに入ったりプールで泳いだりできるなんて、寛容な国だなー、と感動すると同時に、スウェーデン人の美に対する意識の高さには本当に恐れ入りました。

CENTRALBADET
Drottninggatan 88
111 36 Stockholm

Tel: +46-08-545 213 00
https://www.centralbadet.se/english/

大智由実子

ライター

洋書のディストリビューションを行うMARGINAL PRESSを立ち上げ、世界各国のインディペンデントマガジンやアートブックを日本に紹介。2016年よりサウナの魅力にはまる。趣味は世界のサウナ巡り。サウナ・スパ健康アドバイザーの資格も持つ。
https://www.marginal-press.com/

ほりゆりこ

イラストレーター

1978年大阪生まれ。デザインやイラストの本職のかたわら「大自然と一体化」をテーマに主に関西を拠点に活動するTent Sauna Partyに所属。著書にタナカカツキ(日本サウナ・スパ協会公認)との共著『はじめてのサウナ』がある。また、リトアニアのサウナハットアーティスト、ヴィクトリアからワークショップを受け「TSP式サウナハット」を考案・制作。お気に入りのサウナは「延羽の湯・鶴橋店」
http://tentsaunaparty.com/