次の記事 前の記事

花椿交差点

2019.04.22

「あなたにとって美しい世界とは?」インタビューvol.1

文/小川知子

写真/当山礼子

協力/趙知海

分断や権力のない世界をつくるために

『花椿』夏号では、「Beauty Innovations」についての考えを深めるために、さまざまなフィールドで活躍する方に「あなたにとって美しい世界とは?」という問いを投げかけています。この問いに対する異なる視点からの答えには、“世界”や“美しさ”に対するそれぞれの想いが垣間見られます。
そこで、ウェブ花椿では、韓国で生きる女性、そして一人の人間として感じる、日常にある差別や不条理に対しての率直な想い、ことばや歌、映像、イラストなどジャンルにとらわれることなく発信し、韓国のみならず日本でも注目されている、アーティストのイ・ランさんにお話をお聞きしました。
イ・ランさんが考える、美しい世界とは—―。

ーイ・ランさんにとって、「美」は何を意味しますか?

 とてもむずかしいですね。「美」という言葉は、私にとっては、とても厳しい言葉という印象が強いです。社会の中で、特に女性の美の基準は、男性社会の中で男性が見たときにOKという基準だったりもするので。「美」という言葉があると、対義語として、ブスとか醜いとか見づらいとかネガティブなものが出てきてしまう、ネガティブ、ポジティブを分けてしまうきっかけにもなるのかなと。まわりの女友達は、「自分は美しくない」と思っている人が多いし、自信がもてないことでみんな苦しんでる。「美」という言葉のイメージが強くて、こういう形じゃないと美しくないとか、なんとなくみんなが思って、それが辛いなと思う。だから、正直なところ、「美」という言葉自体がなくなるといいなと思います。

ー確かにそうかもしれないです。では、よりよい世界になるために必要なものはなんだと思いますか?

 選択肢が増えたら、よりよい世界になるんじゃないかなと思ってます、いつも。たとえば、「美人」か「美人じゃない」しかない状態で私はずっと育ってきました。女に生まれたら、恋愛は男とするものと子どものときから教えられて、恋愛の結果、結婚して、その結果、出産して、出産したらお母さんが子どもを育てる。こんなふうに、選択肢がそれしかない。だから、それじゃないところを探して今までがんばってきて、最初にわかったのは、学校に行かなくてもいいんだということ。それもチョイスできることだって、なんで誰も教えてくれなかったんだろう?と思いましたね。それと、たとえば入国審査カードも性別が男女しかなくて、いろんなセクシュアリティの人たちは無視されているから、もっと選択肢が増えたらいいなと。

ーことば自体も取り扱いが難しく、区別が生まれたり、選択肢が狭まることもあります。ランさんがことばを使うときに意識していることはありますか?

 私の仕事は、何かをつくってシェアする仕事だから、相手が一番理解しやすいことばで喋りたいんです。私はどの会議でも、専門用語だったり、暗号みたいなことばが出てきたら、何の意味なのかを聞いて簡単なことばにします。私もこれまでいろんな仕事をしてきましたが、たとえば、監督として映画や映像の現場にいたりすると、全くわからない暗号のような難しい用語ばっかり出てくるんですね。みんながなんとなくでも理解できることばであれば、仕事は進むはずなのに、暗号をわからない人を無視する雰囲気がすごく嫌で。知識人と呼ばれる人たちは、もともと自分たちだけがわかる暗号をたくさん使って、「私は知識人だ」という意識をもってる。でも、知識を得る機会が人よりもあったなら、その機会が少ない人にも理解できることばで説明する。それが知識人が世の中で活きる目的じゃないのかなと思ってます。

ー社会では、自分たちの特別な居場所づくりに、むずかしいことばがよく使われていますね。

 多くの人が暗号を理解することが権力だと思っているから。権力をもたない人はその暗号を覚えようとがんばるけど、なんでそこをがんばるのかが私にはわからないんです。それよりも、いろんな人とコミュニケーションができれば仕事はできるから、私は暗号を覚えることはしません。有名な知識人やミュージシャンの名前を覚えるより、いろんな人と会話をすることをもっとがんばりたいから。音楽をつくるときもそれを意識していて、私は音楽を勉強したことがないから、ギターのコードや複雑な理論はわからないけど、音やメロディーを聴いて自分が好きなように喋ることは誰でもできると思ってます。それを「誰にもできないことだ」と決めつけている世の中は嫌いです。

ーランさんはライブで、よく「平凡」や「平凡じゃない」とか、「韓国人」と「日本人」とか、分断することばをなくしたいと話していますが、選択肢を増やしたいということとつながりますよね。

 私は韓国で生まれて、ソウルの、ある家族の娘になったけど、それは選択したんじゃなくて決められていることなんです。でも、当然、「韓国人なのだから、母国を愛すべき」というプレッシャーは強くて、子どものときから、オリンピックになるとみんなが愛国派になるのも変だなと思っていました。何のシステムかもわからずに、「ここは韓国です」、「ここは日本です」、「ここは中国です」と、私は賛成したことがないのに全部が勝手に決まっていて。でも、そう主張したら、「最初からそうだった」という答えが返ってくることが辛くて。どこからが本当の最初だったの?って聞きたくなるし、一番最初の歴史の中でも韓国は韓国だったかというとそうじゃないですよね。なのに、日本もそうですが、純粋な日本人とか、そうじゃないとかって分ける。結局、分けてしまうことが私はすごく怖くて嫌で、理解が全くできないんです。

『悲しくてかっこいい人』
(1800円+税、リトルモア刊)

ーつまり、分断も権力もない世界がよりよい世界であると。

 みんなよりよい世界に住みたいから、そのために考えるんだけど、よりよい世界にする目的がある人でも一度権力が与えられると、その人自体が変わるのはすごく簡単なんです。だから、権力は怖いなと思っています。私自身も権力で変わってしまう可能性をすごく感じたことがあるんです。たとえば、一番権力があるのは、監督業で、やっぱりスタッフが下に何十人もいる状態なので、変になります。それはコンサートでもそうなんだけれど、舞台の上に1人がいて、舞台の下に100人、200人がいるという状態も、やっぱりおかしいなと思っています。スポットライトが舞台の上だけに当たって、お客さんがそれを崇めてる雰囲気が怖くて。

ースポットライトがいつも要る人になるのが嫌なんですね。

 はい。私のやっているライブは、ただつくったものを1日で見せるだけの仕事だと思っていて、ステージは機能性だけのためにこっちが高い段になっています!というだけの雰囲気がいい。だから、美しいからとか平凡じゃないからとかじゃなく、あの人がこの仕事でがんばっている、今日はその姿を見に来たってだけがいい。神様みたいに崇めなくても、この人はここが偉い、このパン屋はこれが美味しいみたいに、それを消費するような雰囲気が増えてほしい。でも、まわりの人は「舞台の上の人がキラキラしていないと、エンターテインメント産業は成り立たない」って言ってそういう雰囲気づくりをしようとするけど、私はそうじゃなくても産業は動くと思っています。

ーだから、ライブでよくお客さんに話しかけたり、客席を明るくしたりされているんですね。

 いろいろ実験をしています。名前を呼んだり、話しかけたり、拍手もみんなでしたりします。韓国のライブだと、お客さんがもっと自由なんです。みんなライブを見ながら写真も撮るし、食べるし飲むし。勝手に動画や写真を撮られるのはいいこともあるし、悪いこともあるんだけど。日本は飲み物を飲むだけで、すごく静か。サイン会ではみんなすごく明るくて、感想も話してくれるんだけど、ライブのときは毎回シーンと静かなんです。静かに喜んでいる。でも、私が話しかけたら答えてくれるから、もっと楽な自由な雰囲気になっていくといいなって思ってます。

ーランさんが音楽をやっているのは、そのほうがことばが伝わりやすいからなのでしょうか?

  私は音楽だけじゃなく、文章も漫画も映像もやるので、ことばを伝えるためには特に音楽が強いとは考えてないです。本当はことばだけでできれば一番いいと思っていますが。ほかには、機会があれば教えることもします。でも一番伝わるのは、やっぱり会話することだと思う。だから、トークイベントはあんまり好きではないんです。「歌をつくるアーティストになる方法」とかいうタイトルで2時間で話すことが大嫌いで、2時間でアーティストになる方法はないし、2時間聞いてもなれないし。お金がなくて大変なときはそういうイベントも出るんですけど(笑)。できれば舞台の上からじゃなく、みんなとフラットに会話ができるような空間でやりたいですね。

イ・ラン(Lang Lee)
1986 年ソウル生まれ。シンガーソングライター、映像作家、コミック作家、エッセイスト。16 歳で高校中退、家出、独立後、イラストレーター、漫画家として仕事を始める。その後、国立の芸術大学に入り、映画の演出を専攻。日記代わりに録りためた自作曲が話題となり、歌手デビュー。短編映画『変わらなくてはいけない』、『ゆとり』、コミック『イ・ラン 4 コマ漫画』、アルバム『ヨンヨンスン』、『神様ごっこ』(日本盤は共にスウィート・ドリームス・プレス)などを発表。『神様ごっこ』で、2017 年の第 14 回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞。昨年日本で、エッセイ集『悲しくてかっこいい人』(リトルモア )を上梓した。コミックエッセイ『私が30代になった』(タバブックス)が5月12日発売予定。

@langleeschool
@2lang2

小川知子

ライター

1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
https://twitter.com/tometomato

当山礼子

写真家

沖縄県出身。2014年から雑誌、webなどで活動中。
https://www.instagram.com/reiko_toyama/
https://www.instagram.com/reikotouyama/