森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。
現代銀座考 : XL
連載40回をむかえて
『花椿』で銀座について書くことが今回で40回目になりました。思えば、銀座について書くようになったのは、2019年11月から。編集部より「銀座と資生堂」というテーマで執筆依頼があったことがきっかけでした。その後すぐに「現代銀座考」が始まり、最初の執筆以来、およそ2年2カ月。日数にすると約800日。この間、銀座は、これまでも明治の大火や関東大震災、敗戦など危機がありましたが、コロナ禍も、大きな影響を及ぼしました。
この時代の銀座を書くにあたり、私は、以下のことを心に決めました。もし時代に良い面と悪い面があるなら、良い面を見よう。いまこそ、銀座の良さを書きたい、と。そしておよそ800日、自分なりに銀座を歩いて思ったのは、銀座は良い街だということです。大変な時代ですが、本当にそう思います。
先日、壹番館洋服店(*)でスーツをつくってもらい、つくづく、そのことを実感しました。社長の渡辺新さんと近況や時事の話をしながら、生地を選んでいきます。何のけなく、軽やかに。森岡さんには、鉄紺でなく明るい紺の色がいい、というように。生地は5000種くらいあるとのことでした。身体の採寸も、会話をかわしながらいつの間にやら…いったいどの部分を何カ所測ったのかも自分ははっきりしません。仮縫いのときは驚きました。布が私のかたちになって、筒状の袖が二つ、取り付けられました。なんだか、まるで人間ができあがっていくような不思議な感覚を覚えました。次に大きな鏡の前に立って布の線を調整していきます。ジャケットの丈を少し長くして、パンツを少し細くして。その様子は、あたかも彫刻をつくっているようで。「洋服着るとあがるよな」「これを着てどこに行くか」という会話をしつつ、「また連絡するよ」と新さんは言いました。店内でふるまわれる京都の一保堂の「いり番茶」の香りに浸りながら、スーツの出来上がりをぼんやり考えていました。すごい技術と瀟洒なあつらえ。それを布で包んで、まるごといただくようなものでしょう。場合によっては百年先までもちます。新さんは先々代がつくったスーツの修理もします。何の気なく軽やかに。
銀座は、東京に住んでいる場合は、遠いというほどではないけど、ひとつの旅に出かけたような体験をもたらします。それは時として、時間を遡っていくような旅でもあります。ひとつのあんぱんを買う。一杯のお酒を飲む。一着のスーツをつくる。その背後には100年単位の時間が感じられます。それが銀座が良い街と思う理由のひとつです。
私のスーツは年明けに仕上がります。新さんにまた「これ着てどこ行くの」と訊かれ、私は「資生堂のロオジエあたりがふさわしいかも」と答えました。すると新さんこう言いました。「資生堂の人をあっといわせたいな」。800日間で銀座を一周したような気になりました。