森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。
現代銀座考 : XXXVII
銀座1丁目で地中海
先日、銀座1丁目のギャラリー小柳(*1)で、杉本博司さんの「海景」を見ました。「海景」は水平線を撮ったモノクロ写真で、私はそれを、「人類の祖先が海から上がってきたときの数万年前の光景」というコンセプトで見ています。そうすると、誰もが見たことのある水平線なのに、現在なのに現在でないような、銀座1丁目にいるのに銀座1丁目でないような、不思議な時間と空間が目の前に立ち上がります。例えば、この時は、以下のようなことが。
コロナ禍になったばかりの頃、ダーウィンの『種の起源』から、「強いものが生き残ったのではなく、変化に適応したもの生き残った」という考察を心に留めて、これからを考えている人が多いと感じました。『種の起源』という名前は知っていても、読んだことはなかったので、私も『種の起源』(光文社古典新訳文庫)を開いてみました。実際には、ダーウィンはそのようなことを述べてないようですが、下巻の269pに「地中海と日本海の生物の構成が似ている」という内容の記述に目が止まりました。なぜそうダーウィンは考えたのか。その理由は、少し読んだだけでは分かりませんでした。しかしいま、目の前の「海景」を見ていると、地球上のある時期、地中海と日本海で、原初の生命体が海から浜に上がってくるというイメージが広がりました。
ところで、ギャラリー小柳の斜向かいには、銀座イタリー亭(*2)があります。イタリー亭は、1953年からこの場所でイタリアンを銀座の人々に提供している老舗レストランです。「海景」を前にして、地中海と日本海で、原初の生命体が海から上がってくる光景を連想した私は、イタリー亭のスパゲッティを食べたくなりました。ギャラリー小柳からイタリー亭までは88歩。赤いギンガムチェックのテーブルに着席して、「イカの墨和え」スパゲッティを注文しました。もしかしたら、日本でイタリアンが愛されているのは、日本の食材に近いものがあるからかもしれない、と思いながら真っ黒なスパゲッティをいただくと、シンプルな塩味とイカスミの滋味が一層美味しく感じられ、「これが地中海の味だ」と思いました。
イタリー亭のすぐ側には、遠藤青汁グリーンライフの東京・銀座店(*3)があります。実は、私は、ここの青汁を愛飲しています。青汁のサイズは大と小の2種類ありますが、私は350円の小をいつも選んでいます。もしかしたら、青汁の原料となるケールは地中海のほうが原産かもしれない、当てずっぽうですが、そんな予感がした私は、いつも青汁を注いでくださる方に質問してみました。すると、なんと、地中海沿岸が原産とのこと。まったくの偶然にあいた口が塞がりませんでした。そして、その方は、「種をお譲りしております」と言って、私に、ケールの種をプレゼントしてくださいました。受け取った私は、口を開けたまま、こう思いました。現在なのに現在でないような、銀座1丁目にいるのに銀座1丁目でないような、不思議な時間と空間が目の前に立ち上がったと。
中央区銀座1-7-5 小柳ビル9F
*2/銀座イタリー亭 1953年、創業者である吉田清重が、ローマの裏町にあるような「ちょっと目立たないけど、毎日行列ができるイタリア料理のお店」を創りたい、という思いから開店し、現在も愛され続ける老舗イタリアン。
中央区銀座1-6-8
*3/遠藤青汁グリーンライフの東京・銀座店 1962年にオープンした青汁スタンド。
40年間青汁のみを販売、レトロな建物で青汁を堪能できる。
中央区銀座1-6-7 谷口ビル1階