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現代銀座考

現代銀座考 : XXXVI 銀座の土壌

2021.10.19

写真/伊藤昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

1964年頃の銀座の土壌はどうなっていたのだろうか。

現代銀座考 : XXXVI

銀座の土壌

 資生堂銀座ビルでは、銀座の街から採集したオブジェクトを立体的にコラージュする、「SHISEIDO WINDOW ART 銀座生態図」を展開しています。この企画は3期に分かれていて、前期は「銀座の生態系」を採集したコラージュでした。前期の詳細は、「現代銀座考」XXIII に書きましたので、ぜひご参照ください。現在は、中期として、「銀座の土壌」を採集したコラージュが行われています。担当した資生堂のクリエイティブ ディレクターの堀景祐さんに、採集の成果をお聞きしました。

 銀座が、かつて、江戸前島と呼ばれた、海に囲まれた半島だったことはよく知られていますが、今回、堀さんたちは、国土地理院で公表されているデータをもとに、その立体化を試みました。結果、例えば、資生堂銀座ビルのある銀座7丁目西側と、森岡書店のある銀座1丁目東側では、土地の高低差が2メートルもあることが、はっきりしました。晴海通りを、東銀座の方に歩いていると、なだらかに、下っていくような感覚がありましたが、2メートルも違っていたとは。確かに、森岡書店がある場所は、中央区のハザードマップによると、水没地域になっています。土嚢を準備しておくなど防災の意識が高まりました。

 銀座の街路樹の下を調査すると、いくつかの土壌から、しじみなどの貝殻が出土する場合が多いことも判明しました。これらは決して古い貝殻ではないので、誰かが、何かの目的で埋めている可能性が考えられます。貝殻を土壌の養分にするという説も成り立つでしょうが、もしかしたら、現代版の銀座貝塚を構築しようと試みているのかもしれません。いずれにしても謎は深まります。

 また、堀さんたちは今回、土壌のリサーチだけでなく、銀座の樹木で布を染める実験を行いました。いわゆる草木染ですが、実は、いま私たちが普通に使っている草木染というワードは、銀座で公表されました。『資生堂ギャラリー七十五年史』を読むと、1930年12月に、小説家で染色も行っていた山崎斌(やまざきあきら)(*1)が、古来の植物染料による染色と合成染料による染色を区別するため、前者を草木染と命名し、旗揚げの展覧会(*2)を開催したことが記録されています。

 1956年、現在はユニクロ銀座店(*3)とドーバー ストリート マーケット ギンザが入居するギンザコマツビルが改築する際は、工事現場の土壌から、慶長小判、正徳小判、享保小判を合わせて208枚、さらに、一分金が60枚ほど発見されました。これらの小判と一分金は、国の「埋蔵文化財」として、上野の東京国立博物館に、現在も保管されているそうです。慶長は1596年から1615年、正徳は1711年から1716年、享保は1716年から1736年まで。その当時、この場所には何があったのでしょうか。江戸時代の地図を見てみましたが、はっきりしたことは、わかりませんでした。こちらも謎が深まります。

 堀さんの銀座の採集は後期につづきます。今度はどんな謎が見えてくるのでしょうか。謎がちりばめられている街というのも魅力的です。

*1/ 山崎斌 1892-1972。作家、評論家、草木染作家。 長野県東筑摩郡麻績村生まれ。 国民英学舎を卒業後、京城日報の記者となったが、1922年作品を島崎藤村に賞賛され作家として歩み始めた矢先、昭和の大恐慌で郷里の養蚕業が打撃を受けたため帰郷。 植物染めを復活させ「草木染め」と名付け、「草木屋」を創設して編著書を刊行、のちに日本の衣・食・住の良さを見直す「月明会」を興す。
 
*2/ 草ノ木染信濃地織 復興展覧会
資生堂ギャラリーにて1930年12月7日~11日に、信濃工芸研究所の山崎斌が主宰で開催された展覧会。

*3/ ユニクロ 銀座店 ユニクロ(UNIQLO)のグローバル旗艦店。ブランド理念の「LifeWear」を表現したインスタレーションや初のカフェなどを設けるなど進化し、9月17日にリニューアルオープンした。
中央区銀座6-9-5 ギンザコマツ東館

 

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)のウェブサイトにて「森岡書店日記」を連載中。

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