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現代銀座考

2021.07.20

現代銀座考 : XXX 丹下健三と銀座

写真/伊藤昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

1964年頃の銀座5丁目外堀通り。現在、壹番洋服店前はこの交差点の角にある。

現代銀座考 : XXX  丹下健三と銀座

 銀座8丁目の「静岡新聞・静岡放送東京支社ビル」は、丹下健三(*1)が設計したことで知られています。デザインが樹木のようと評されるこの建築。丹下健三は、なぜ、このようなかたちの建築を、この場所につくったのでしょうか。

 

 丹下健三は、有機体のように増殖していく建築を目指したものでした。「容易に更新可能で、永遠に過渡期にあり、永久に新しい都市像」を提示しました。もしかしたら、銀座8丁目のこの場所ほど、その思想を実現する第一歩として、ふさわしい場所はなかったのかもしれません。というのも、銀座は碁盤の目に道路がはしっていますが、銀座8丁目のこの場所が、碁盤の角にあたります。オセロをイメージするなら、角を取れば、あとはひっくり返るというポジション。彼は、このような建築を、銀座中に増殖させるビジョンをもっていたと考えられています。実際にはそうなりませんでしたが、三原橋のたもとに、「静岡新聞・静岡放送東京支社ビル」と似たビルが一棟だけ建っています。私は、初めてこのビルを見たとき、「もしかしたら、誰かが丹下健三の意を汲んだのかもしれない」と思いました。

 また、丹下健三には、「東京計画1960」という構想がありました。「丸の内から東京湾を横断し、木更津へと延びるリニアな海上都市を建設する」という内容。桁外れといってよい発想。これを換言すると、「東京をもうひとつつくろう」、ということだと私は思います。いま試しに、ネットで、「東京をもうひとつつくろう」と発言している人がいるか調べたところ、誰もいません。この点からも丹下健三のダイナミックな人物像が伝わってきます。現在、解体が進行している電通築地ビルを、「東京計画1960」の派生形態と見る向きもあります。7月11日現在、まだ社屋は残っていて、萬年橋の上、築地川銀座公園から眺めるのがおすすめです。

 丹下健三は、銀座5丁目、みゆき通りと外堀通りの角に立地する壹番館(いちばんかん)洋服店(*2)で洋服を誂えていました。オーナーの渡邊新さんのブログを読むと、丹下健三がグレンチェックの生地ばかりを選んでいたことが綴られています。そういえば、新宿の東京都庁にしてもパークタワービルにしても、電通築地ビルにしても、どこか、ファサードがグレンチェックのようです。グレンチェックのグレンとは「渓谷」を意味します。丹下健三が思い描いた銀座とは、樹木のような建築が整然と並び、隙間の道路が、渓谷になっているような都市だったのかもしれません。グレンチェックのスーツを着て、外堀通りを歩き、「静岡新聞・静岡放送東京支社ビル」を眺める丹下健三の姿が浮かんできます。

*1 丹下健三/1913年大阪府生まれ。1938年東京帝国大学(現・東京大学)工学部建築学科卒業後、前川國男建築設計事務所に入所。1949年東京帝国大学大学院を修了後、同大学工学部建築学科助教授に就任。1951年CIAM(近代建築国際会議)に招かれ、ロンドンで広島計画を発表。1961年丹下健三+都市・建築設計研究所を設立。1964年東京大学工学部都市工学科教授に就任(1974年まで、その後名誉教授)、フランス建築アカデミー ゴールドメダル受賞。

*2 壹番館洋服店/1930年の創立より、格調ある洋服を心がけ注文紳士服をてがけ続けている洋服店。
中央区銀座5-3-12 壹番館ビル 1F
http://www.ichibankan.com

 

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

1974年山形県生まれ。森岡書店代表。文筆家。『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)など著書多数。
キュレーターとしても活動し、聖心女子大学と共同した展示シリーズの第二期となる「子どもと放射線」を、2023年10月30日から2024年4月22日まで開催する。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja