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まぶたの裏、表

2023.09.15

まぶたの裏、表 Vol.10 透明な断面

文・写真/細倉 真弓

写真をとおして「ものを見ること」を考察する、写真家・細倉真弓さんによるエッセー、第十回をお送りします。私たちが生きる無限に奥行きを感じる世界と、その中で出会う平面とは。日常に潜むガラスや透明な膜によって区切られた断面の違和感について。

 

Vol.10 透明な断面

雨が降っているとき、透明なビニール傘を使うことが多い。
上を見上げるとその透明な膜の上に無数の雨粒がぶつかり、とどまったり流れ落ちたりしている。この膜越しの雨粒の動きはしばらく見ていても飽きることがない。小さな雨粒が空から落ちてきてはビニールの上で跳ね返り、隣の粒と合流してはうっすらとした軌跡を残しながらそのまま下に向かって流れ落ちていく。同じ動きが繰り返されることはなく、常に新鮮な感覚で、同時多発的に傘の至る所で雨の粒はぶつかり、跳ね返り、大きくなったり小さくなったりしながら足元に向かって流れ落ちていく。透明な膜はその一連のパフォーマンスを見せてくれる舞台のようだと思う。

同じ体験は車や電車に乗っているときも起こる。
後部座席で外を眺めていると雨が降りはじめる。あ、雨だ、と思っているうちにガラスという透明な板に雨はどんどんぶつかってくる。車がスピードを上げていけばガラスにせき止められた雨粒は、前から後ろに向かって横へ流されていく。雨粒の量が増えれば、その前から後ろへ流れる水の束は小さな川のようになりまとまり、時には分岐して、後ろに向かって流れ飛ばされていく。その小さな川の流れは、ガラス越しに小刻みに震える脈のような断面をこちらに見せてくれる

雨から少しはなれてみる。住宅街を歩いていると、ふとしたときしばらく手入れされていないような廃屋に出会う。家のまわりでは暴力的に生い茂っては背の高くなった植物がその家をおおい隠そうとしている。奥をよく見てみると廃屋の中にも植物たちが侵入して内側から家を押し返している。そのことは廃屋のガラス越しに様子を窺うことができる。家の内側から、ガラスに向かって植物たちはその身体を窮屈そうに押し付けては、葉や茎をこちらに見せつけている。このガラスに向こう側から押し付けられた植物の姿は、ガラスによってその断面を切断されたようにも見えて、妙に即物的で植物標本を思わせる。

手のひらをガラスに押し付けてみる。手のひらの親指の付け根、厚みのある部分が一番に、つぎに親指、そして残りの4本の指の先端がガラスの表面にぴたりと吸い付く。その様子を反対側から眺めてみれば、それぞれのガラスに押し付けられた部分は押しつぶされるようにその形を歪ませてガラス面に張り付いてる。その少し歪んだ肉の感触で、そこに透明な膜があるということがわかる。

そのままであれば気にも留めないような風景やものたちが、透明な膜に押し付けられた瞬間、その見え方が変わる。もう一度ビニール傘の表面にとどまった雨粒を、ガラスに押し付けられた植物たちを眺めてみる。
そこにはいつもならあるはずの「奥行き」がない。
厳密には膜やガラスの向こう側にはもちろんその奥があるし、いつも通りの世界が広がっているのだけれど、この膜で区切られた断面では、その膜の前後数センチが圧縮されて表面に現れている。これはスキャナーのガラス面に現れる画像と同じなのだ。奥行きのある世界を透明な膜によって断ち切り、その圧縮した表面を見せる。この違和感がいつも私が面白さを感じる源のように思える。
ガラス面への映り込みの話でも感じたことなのだけれど、透明な膜やガラスというのは奥行きが無限にあるこの世界をその場所場所で輪切りにしてその場所をピント面に設定することができる装置と言える。映り込みのときのガラスは風景をコピーアンドペーストする場所であったけれど、断面としてのガラスの場合はその前後を圧縮する。そういう意味でカメラというよりはスキャナーに近い存在と言える。

ラップトップのパソコンやiPhoneのスクリーンを眺めていると、ひたすらにそのスクリーン上の表面を見続けることになり世界は平面でできているかのような気分になるのだけれど、一度スクリーンから目を上げて生きている世界の中を歩き回ってみるとその全てにどこまでも奥行きがあることに感動する。外へ出て歩き回れば途切れることなく続く空間が存在している。そんな無限の奥行きの中に唐突にガラスや透明な膜によって圧縮された表面が目の前に現れたとき、それはさっきまで眺めていたiPhoneのスクリーンを思わせる慣れ親しんだ平面との再会と言えるかもしれない。
驚きというよりは安堵のような、でもそれが現実の中に存在していることへの違和感のような。

細倉 真弓

写真家

東京/京都在住
触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。写真集に「NEW SKIN」(2020年、MACK)、「Jubilee」(2017年、artbeat publishers)、「transparency is the new mystery」(2016年、MACK)など。
http://hosokuramayumi.com