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Column

2019.07.18

南の島でクロスする、香りと色の美しき世界――――「イッセイ ミヤケ シェード オブ パラダイス」

文/小田島 久恵

沖縄の楽園、座間味島の自然の美しさにインスパイアされた「イッセイ ミヤケ シェード オブ パラダイス」の4つの香りをクリエイトしたフランス人調香師オーレリアン・ギシャール。過去にもイッセイ ミヤケの複数のフレグランスを手掛けてきたギシャール氏は、「旅をしなければ創造はありえない」と語るほどの旅好き。他者と出会い、未知のエネルギーに衝撃を受ける瞬間が、彼にとっての至福の瞬間である。ボトルのグラフィックデザインを担当したカラーデザイナー、メイ・フアとともに座間味で過ごした4日間は、驚きと発見に満ちた日々だったと語る。香りと時間、香りと視覚、香りと哲学…二人が語る言葉に耳を傾けてみたい。

調香師のオーレリアン・ギシャール(左)とカラーデザイナーのメイ・フア

オーレリアン・ギシャール(以下AG)
「座間味島は世界の果ての楽園でした。日本でああいう場所があるなんて知りませんでしたし、イッセイミヤケ パルファムのチームが招いてくださったあの島で過ごした時間のすべてがギフトでした」

メイ・フア(以下MH)
「とはいえ、限られた4日間はあまりバカンス的な時間ではありませんでした(笑)。クリエーションのための探求がノンストップで続き、私たちは毎日島の違う場所を訪れて、その場所場所でどういう感情が起こるかメモをとっていました。オーレリアンは香りのためのメモをとっていましたし、私は色のメモをとっていましたね」

AG
「メイと私はそれまでお互いのことを知らなかったので、これまでの仕事や『色と香りは相互にどのように関係しているのか』といったことを、あの大きな海の中のぽつんとした小さな島で語り合いました。同じ時間をそれぞれ違う方法で表現するために、まず私たちが感情を共有できているかを確認するのが、ひとつめの作業だったのです」

 4つの香りには、それぞれのネーミングとともに時間が分単位で記されている。「シェード オブ サンライズ」には5:45AM、「シェード オブ ラグーン」には10:28AM、「シェード オブ シー」には2:47PM、「シェード オブ フラワー」には5:17PMと、瞬間の閃光のようなひらめきが香りに閉じ込められている。

AG「シェード オブ サンライズ」は、日の出を見ながら、メイは色を、私は香りの印象をメモしていました。その瞬間は、自然が目覚める時間帯です。また、光が出てくる時間帯でもあり、太陽が私たちの皮膚に触れ始め、そして風も吹いてくる…その中には潮気も感じられます。一日の始まりで、少し晴れやかな気持ちもありました。つまり私が書いたノートは、香りについてというより感情について、心が感じたことについてです。パリに戻ってから香りの素材を選び出していきました。レモンとベルガモット、苦みのあるビターオレンジ、アーモンドやココナツで温かさも加え、少し抽象的なフローラルの表現のためにモクセイやイランイランもプラスしました」

MH「光というのはそれ自体が一つの色なんですね。モネの絵があらわしているように、私たちにある瞬間に与える印象が色なのです。大聖堂であれ、庭であれ、時間が変われば印象が変わる。私たちは、感情を揺り動かされた時間を選んでいきました。選んだ瞬間のいくつかは、最終的に断念したしものもあります。もっと暗い色もあったんですよ」

 「シェード オブ ラグーン」については、また異なる詩的言語があふれだす。
AG「まず、水の香りをボトルに閉じ込めようという途轍もないアイデアがありました。ターコイズブルーの水の香りとはどのようなものだろうか? ターコイズブルーは太陽が海に反射してできる色で、水深はそれほど深くない。砂の色も反映しているわけです。フレッシュウッディな香りを表現したいと思い、ペチバーの根に砂のミネラルを投影し、クラッシュしたブルーの新鮮さは、グリーンカルダモンとジンジャーで顕しました。プルメリアを加えることによって、私たちが感じた風の感触を再現したのです」

MH「ボトルデザインは、座間味の光を透すような透明なテクスチャーを採用しました。ここでは、浅瀬に見えたターコイズブルーの色を透明なボトルにのせました」

 「シェード オブ シー」にも物語がある。この香りには太陽のまぶしさと海のおおらかさに包まれた不思議な「眠り」の感覚も潜んでいるようにも感じられた。
AG「シェイド オブ シー」では海の巨大さを表しました。まだ太陽は高い位置にあり、海に足を入れてみても深さがわからない。どこまで深いのか分からない…というミステリアスな感じがあります。ローズマリーでフレッシュさを出し、セージで大洋を暗示し、嗅覚的に深みをもたらすアンバーグリスで波のような彫刻的な凹凸感を出してみました。それが香水の中に魔法のような感触を与えています」

MH「私は『二つの青の間の青』というメモをとっていました。青というのは魂の輝きのような反射性のある色なんですね。しかし、自然界の中では青という色味は少ない。動物にしても花にしても果物にしても、青はとても珍しい。空とか海とか、無限であり非物質的なものがブルーなんです。宙づりになった時間、とらえがたいブルー…といったキーワードが潜んでいます」

 ギシャール氏は8代続く調香師の家系に生まれた「香りのサラブレッド」。天性の感覚は、幼少期に既に育まれたものだった。
AG「南仏のグラースという街の出身で、家族の中にはほかにも調香師がいます。私が小さかった頃、夏になると何か月も祖父母とともに過ごしていた時期がありました。祖父母はバラやジャスミンなどの花ばなを栽培していて、栽培にたずさわる人々、花を摘む人々、植物に関わる人々が身近にいたわけです。私の父は調香師でしたので、日々の仕事ぶりを間近で見ていたのですが、手掛けている香りを肌で試してみたり、紙にしみこませた香りをいつまでも嗅いでいる姿を見て、この仕事の素晴らしさと難しさを同時に知りました。父は私にこの仕事の秘訣、真実の姿を教えてくれた。家には何人もの仲間が食事に来たりしていて、彼らは世界で最高の調香師だったのだと思います。まるでサッカーの話をするように、世界の香りの話をしていたのです。いつか彼らみたいになりたいと思っていました」

 知的で洗練された雰囲気のギシャール氏。プロの調香師になる前には英国に留学し、政治学、経済学、社会学の学士も獲得している。
AG「イギリスで勉強していた頃は、まだ調香師になるとは決めていなかったのです。外国で学ぶプロセスはどうしても必要であり、自分の幸せのために違う文化と出会うことが大切だと考えていました。異なる文化の人々から教えてもらうのが好きなのです。フランスも好きですが、フランス以外の国も好きで、違う感性の国の人と出会うことが好きです。つねに旅をしているイメージですね。メイとのコラボレーションも、素晴らしい果実です。私たちは二人ともエネルギーというものを信じており、エネルギーのあるところに直観があり、自由があるのです」

 最後に、調香師が考える「エレガントな香水」についてたずねてみた。
AG「香りのエレガンスというのは、香りの付け方なんです。香り単体ではなく…非常にエレガントな香りが存在しても、エレガントではない人がつければ、エレガントではなくなる。これはフランス的な考え方になるかも知れませんが、エレガンスは精神の自立につながっています。女性も男性も、その人によってもエレガンスの在り方は違うと思います。細部まで美しく生きること、さまざまなものにリスペクトを払うことも香りの美しさと関係している…日本の皆さんはとてもエレガントです。木の枝の箒、丁寧に縫われた白い手袋、そうした日本の手仕事の細部に感動しています」

左から、「ロードゥ イッセイ シェード オブ サンライズ オードトワレ」、「ロードゥ イッセイ プール オム シェード オブ ラグーン オードトワレ」、「ロー マジュール ドゥイッセイ シェード オブ シー オードトワレ」、「ロードゥ イッセイ ピュア シェード オブ フラワー オードトワレ」