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Column

2018.10.31

世界サウナ紀行 Vol.7 Destination : California (U.S.A)

文、写真/大智由実子

イラスト/ほりゆりこ

さて今回の旅の舞台は前回と同じアメリカはカリフォルニア州にあるスチュワート・ミネラル・スプリングスという温泉施設なのですが、今回は番外編となります。と言うのも、ここで私たちはスウェット・ロッジというものを体験してきたのですが、これはアメリカ先住民族が古くから脈々と受け継いできた魂と肉体の浄化のための聖なる儀式であり、いわゆる“サウナ”というカテゴリーで括ることができないからです。ただ、広い意味では世界中に古くからあるさまざまな発汗文化=スウェットカルチャーのひとつ、とは言えるかと思います。
 スウェット・ロッジとは、部族によって多少形式は異なるものの、簡単に説明すると、”メディスンマン"という部族の指導者が執り行い、子宮に見立てたドーム型のテントの中で太鼓の音と歌で祈りを捧げながら、焼けた石に聖水をかけ熱と蒸気を発生させ、参加した人の身体と精神を清め、治癒・浄化して生まれ変わらせるという神聖な儀式です。

スウェット・カルチャーの真髄を体験

 そのスウェット・ロッジが、温泉&サウナのあるスチュワート・ミネラル・スプリングスで毎週土曜に開催されていると聞きつけた私たちは興味津々で参加してみることに。(※注:長年続いてきたスチュワート・ミネラル・スプリングスでのスウェット・ロッジの開催は2017年12月をもって終了したそうです)
儀式の始まる30分ほど前に小川からほど近い広場に着くと、巨大なドーム型テントの前で大きな火が焚かれていて、すでに参加者らしき人が何人かいました。その中には今回の儀式を執り行うメディスンマンのウォーキング・イーグルと名乗るネイティブアメリカンの男性もいました。お手伝いをしている女の子が「あなたたち、スウェット・ロッジに参加するの?」と話しかけてきて、簡単な説明と流れを教えてくれました。焚き火をぼーっと眺めていると、参加者らしき人たちが傍らにあるおがくずのようなものを額にあててブツブツ言いながら火の中に投げ入れています。何をしているのかと聞くと、儀式の前に刻みタバコに祈りを捧げて火の中に投げ入れるのだとのこと。「お葬式のお焼香みたいだな」と思いつつ私も祈りを捧げました。徐々に参加者が集まってきて、全部で30人ほどになったところで儀式の始まりの時間に。「汗と泥でぐちゃぐちゃになるから汚れてもいい服装で。但し、女性は水着のみはNG」と聞いていた私たちは水着の上にタオルを巻いて参加しました。テントの中には水も持ち込めないとのことで、あわてて水をガブ飲みしてからいざテントの中へ。入り口で焚いていたセージの煙を浴びて身体を清め、円形のドームの中へは必ず時計回りに入っていかなければなりません。中は意外と広いのですが、暗く、まだ参加者が中に入ってきているので入り口のドアからは光が入ってきて若干の明かるさはあるものの、私が座った場所は入り口から遠くて、隣の人も暗がりの中でうっすらとしか見えません。ドキドキしていると全員が中に入ったようで、ドアが閉められました。

子宮に見立てたドーム型テント。幾重にも布が重ねられ、隙間ゼロの完全密室になる。

ついに始まった儀式で何が起きるか!?

 すると中は真っ暗に! 本当に真っ暗で、目を開けても閉じても何も変わりません。視界の全てが漆黒の闇! 外から見たら手作り感満載のテントだったので、どこかに隙間があって外の光が漏れてきているだろうと必死に辺りを見回しても完全なる密閉状態で光など1ルクスもありません。漆黒の闇の密閉空間で、頭はパニック状態に! しかも儀式の途中での退出は基本的には許されていません。どうしても無理、となれば「ドア!」と叫んで時計回りに出口まで向かって退出ができるそうなのですが、儀式はいったん中断されてしまいます。開始からものの数秒ほどで精神の限界を迎えパニック状態に陥ってしまったものの、いきなり「ドア!」と叫ぶ勇気が無い私は、必死に心を落ち着かせようと深く深く呼吸をしていました。パニックになってしまったのであまり覚えていませんが、儀式が始まると、メディスンマンが何か始まりの挨拶らしきことを述べた後、中央に積んである焼けた石に水をかけました。すると、何も見えない漆黒の闇の中、すでに人の熱気でムンムンの密閉空間に蒸気と熱気が加わり、私のパニック状態がさらに悪化! 半泣き状態で「死ぬ! 出たい!」と心の中で叫びながら必死に頭を低くし、深呼吸をしてただひたすら早く時が経つのを祈りました。その間、メディスンマンは太鼓をたたきながら歌を歌って祈りを捧げています。儀式が始まる前にお手伝いの女の子が「全部で4セッションあるからね」と言っていたのを思い出し、この1セッションを耐えたら外に出て休憩ができる、と思い耐え忍びました。
 どのくらいの時が経過したのか分かりませんが、ようやく1セッション目が終わったようで、テントのドアが開いたのです。「あぁ! やっと外に出られる!」と思ったのも束の間、誰一人として外に出る人はおらず、ドアからはいかつい男性が外の焚き火で熱々に熱した大きな石を巨大なペンチのようなもので掴んで運び込んでくるではないですか! ひとつ焼け石が運び込まれるごとにメディスンマンが「A Rock!」と叫んで、石は中央に積まれていきます。開いたドアからは救いの光が入ってくるものの、セッションとセッションの間は外に出て休憩ができるものと思っていた私の期待は打ち砕かれ、さらに次から次へと焼け石が運び込まれテントの中の熱気は増す一方、という事実に恐怖しか感じられませんでした。呆然とその光景を眺めているうちにドアが閉められ、絶望感と共に2セッション目が始まりました。
 サウナには慣れているし、100℃近くの極熱スモークサウナも経験しています。ちょっとやそっとの熱さではギブアップしない自信があって挑んだものの、真っ暗な密室での強烈な熱さという初めての体験でパニック状態は続きギブアップ寸前。ただ、「ドア!」と叫ぶ勇気の無さと人に迷惑をかけてはならない、という大和魂(?)だけで必死に耐え忍びました。
 2セッション目が始まり、またメディスンマンが焼け石に水をかける音がしました。光を求め、目を凝らして人と人の間から中央の焼け石を見てみると、暗闇の中にキラキラと赤い光が煌めいていて、この世のものとは思えない美しさに息をのみました。おそらく限界の精神状態で見たからなのでしょうが、本当に美しく、神聖なもののように感じ、有り難くて涙がこぼれ落ちました。
 2セッション目になると、参加者たちも肉体的にきつくなってきているのか、あちらこちらからうめき声や深い呼吸の音が聞こえてきます。ようやく2セッション目が終わり、ドアが開いた隙に耐えきれなくなった2、3人がササッ と外に出ていくのを目にしました。「あっ! 私も!」とあわてて出ようとしたのものの、またもや男性が巨大な焼け石を次から次へと運び込み、すぐさまドアは閉められました。もはやドアから遠い位置に座ってしまった自分を呪うしかありませんでした。

今までに経験したことのない、究極の状態……。

 精神的、肉体的にも限界近くに達していた私は「次こそ絶対に出る!」と心に決め、虎視眈々とドアが開くのを待ち構えていました。3セッション目ともなると、メディスンマンが焼け石に水をかける度に熱さが増し、参加者たちはもうトランス状態に入っているのか奇声を上げ始めます。テントの中には異様なテンションと熱気・蒸気が充満していくのが感じられました。
 そしていよいよ3セッション目が終わり、ドアが開きました。私はすかさず立ち上がり、他の脱落者たちと一緒にふらつきながら時計回りに出口へと向かいました。するとドアから入ってくる光で照らされ、テント内部のすさまじい光景が目に飛び込んできました。トランス状態でぐったりしている人、汗だくで地面に倒れ込んでいる人……。参加者はおろか、メディスンマン自身も寝転びながら太鼓をたたいていたようです。どれだけハードな儀式かお分かりになるでしょうか……。

儀式中や儀式の前後24時間以内の薬物、アルコールの摂取は禁じられている。また、神聖なる力を宿しているという意味で生理中の女性は儀式に参加できない。

 3セッションでギブアップした私は外に出て震える手でボトルから水を飲み、ヨロヨロと一目散に目の前の小川に向かい、飛び込みました。外気を吸える喜び、光の尊さ、水の有り難さ……全てを全身で噛みしめながら、えも言われぬ爽快感と恍惚感でしばし放心状態になっていました。
 どのくらいの間放心していたのか分かりませんが、気がつくと4セッション全てを終えた参加者たちがテントから出てきて、次から次へと小川に飛び込んできました。最後まで耐え抜いた一緒に参加した友人も小川に飛び込んでから、しばし放心していました。しばらく経ってから焦点の合っていない目で「……なんかすごかったね」とつぶやきました。
 子宮に見立てたドームテントに入り一回死んでから新たに子宮から生まれ出てくる、という生まれ変わりの意味を持つ神聖なる儀式。それは本当でした。
 サウナをきっかけに知ることとなった世界中のスウェットカルチャー。これまたとっても奥が深いな〜、と感じる体験でした。

http://www.stewartmineralsprings.com/
※現在スウェット・ロッジは終了しています

大智由実子

ライター

洋書のディストリビューションを行うMARGINAL PRESSを立ち上げ、世界各国のインディペンデントマガジンやアートブックを日本に紹介。2016年よりサウナの魅力にはまる。趣味は世界のサウナ巡り。サウナ・スパ健康アドバイザーの資格も持つ。
https://www.marginal-press.com/

ほりゆりこ

イラストレーター

1978年大阪生まれ。デザインやイラストの本職のかたわら「大自然と一体化」をテーマに主に関西を拠点に活動するTent Sauna Partyに所属。著書にタナカカツキ(日本サウナ・スパ協会公認)との共著『はじめてのサウナ』がある。また、リトアニアのサウナハットアーティスト、ヴィクトリアからワークショップを受け「TSP式サウナハット」を考案・制作。お気に入りのサウナは「延羽の湯・鶴橋店」
http://tentsaunaparty.com/