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Column

2018.08.10

ファッションデザイナー・濱田明日香さんが「THERIACA 服のかたち/体のかたち」展開催

文/宮越 裕生

 着るとかたちが立ち上がり、辺りの空気を少し変える。それが惚れぼれするような光景であったり、時には一級のユーモアのように思えたりする。濱田明日香さんによるファッションレーベル「THERIACA(テリアカ)」の服からそんな印象を受けた。

初めてその服を見たのは、2017年に開催された展示会「THERIACA 2017 せめの服 まもりの服」(東京, Utrecht)の時。前でも後ろでも着られるワンピースや紙のような素材でできた真っ白なパンツ、幾何学的な形状を組み合わせてできたカットソーなどが並び、まるで部屋全体から「どうぞ、服を楽しんで!」といわれているような気がした。

「THERIACAの服はいろんな人に着てほしい。もしファッションの枠やトレンドを気にしている人がいたら、私の服を着て少しでも自由な気持ちになってもらえたらいいな」——そう語る彼女らしい展示会だと思った。そのTHERIACAが2018年7月から9月初旬にかけて島根県立石見美術館で展覧会を行うと聞いた。新作は「人」からかたちをとるのではなく、ソファや牛乳パックやはしごなどといった「もの」のかたちを服に落とし込んだものや、サイズやシルエットなど、衣服の基本的な要素をとらえ直したものだという。一体、どんな服をつくっているんだろう。

「THERIACA」ベルリンを拠点に活動を展開するファッションデザイナー、濱田明日香が2014年にロンドン・カレッジ・オブ・ファッション在学中に立ち上げたレーベル。万能解毒剤からとられた名前には、作品が人のコンディションをポジティブに転換する力となるようにとの願いが込められている。
もののかたちの服「クッション1」
写真:大森克己 ヘア:原康博(LIM) メイク:神崎ひかり(LIM)

「もののかたちの服」
展覧会の1か月ほど前、図録の撮影のために東京へ来た濱田さんから話を聞かせていただけることになり、インタビューの場所へ向かった。彼女は普段ベルリンに住んでおり、展示作品の制作を大方終え、1週間ほど前に日本へ来て撮影を終えたばかり。初個展のプレッシャーとタイトなスケジュールのせいでどんなに疲れているだろうと思っていたら、大きなワンピースのような服に身を包み、リラックスした様子の濱田さんが現れた。張りつめた様子が少しもないことに驚く。着ている服のことを聞くと、今回の展示で発表するチーズのかたちからパターンをとった服だということだった。それを聞いてアニメキャラクターのスポンジ・ボブのような服を思い浮かべたけれど、丸い穴がたくさん空いた白いメッシュ生地の落ち感が、着る人の体をエレガントにもスポーティーにも見せていた。

濱田「いかにも“これがチーズです”というかたちをしていたら展覧会のテーマは伝わりやすいけれど、着ぐるみをつくりたいわけではなかったんです。このシリーズは、あくまでも服にした時におもしろいディティールやシルエットを発見するために、ものからかたちをとって服と人体との関係性を探っていくという試み。元になったもののかたちがパッと見てわかることは、あんまり重要ではないんです」
 
 「もののかたちの服」と呼ばれるバレーボールやダンベル、クッション、アイスバック、カーペットなどからかたちをとった服を見せてもらうと、作品名から想像できるかたちをした服もあれば、もののディティールを生かしつつ、服らしいかたちに落とし込まれたものもある。そのどれもが「服」として魅力的に見えることが不思議だった。こんなに変わったかたちを服として成立させているのはセンスなのかデザインの技なのか、と。

もののかたちの服「カーペット」
写真:大森克己 ヘア:原康博(LIM) メイク:神崎ひかり(LIM)

 濱田さんは高校卒業後に京都市立芸術大学の染織科へ進み、布や糸などの繊維を用いたアート作品をつくり始めた。その後、カナダのノヴァスコシア芸術大学へ留学し、テキスタイルデザインを専攻。アートではなく人が使うことを前提としたテキスタイルデザインへとシフトしていったが、当時はアート作品をつくってもテキスタイルができ上がっても、どこかにすっきりしない気持ちが残っていたという。

濱田「アート作品をつくっても展示が終わったら“これ何のためにつくったんだっけ?”という虚しさがあって。一方テキスタイルデザインは人が使うものをつくるという意味では制作の意義を見いだせたものの、布って着る人に届く一歩手前の状態なんですよね。そこがもの足りなくて。それで、最終的にものに落とし込みたい、人に使ってもらえるものをつくりたいと思ったんです」

カナダから帰国した濱田さんは、デザイナーとしてアパレル企画に携わったあと、イギリスのロンドン・カレッジ・オブ・ファッションへ留学。服づくりを学び、在学中にTHERIACAを立ち上げた。最初は課題でつくったコレクションがほしいというクラスメートの声に応え、必要に迫られてつくったレーベルだった。

きれいに整うまでの途中

ベッドシーツの服「シャツ」
写真:大森克己 ヘア:原康博(LIM) メイク:神崎ひかり(LIM)

 アートからファッションの世界へ移行し、服のつくり方を学んだ濱田さんはより自由になったようだった。服をつくる工程も創造的で、発想の糸口になる言葉やビジュアルから着想を得て、ボリューム感やかたちをイメージしたら、いきなり布をさわり立体的にしていく。

濱田「立体にするおもしろさみたいなものを知ってから、表現の幅がどんどん広がっていきました。つくるときは、いつも“こうなる”とわかってつくっているわけではなくて、私自身、手を動かしていくうちに、いろんなことを発見していく感じです。服には着る人のボディとの関わりもあって、動いた時の変化や、その人の気分まで変わったりするところもおもしろい。日常着をつくるときは、最初は大胆に発想して、徐々にシンプルにしていくんですけれど、今回は展示作品なので、アイデアをそのまま見せるような展示になりそうです。きれいに整えるまでの途中というか。私が普段、服に対して“もうちょっとおもしろいことができないかな”と思っている、その脳みそのなかを見せるという感じかな」

日常のなかのハプニング

もののかたちの服「はしご」
写真:大森克己 ヘア:原康博(LIM) メイク:神崎ひかり(LIM)

今回の展示では「美術館という白い箱のなかに日常みたいなものをねじ込んだらおもしろいんじゃないかなと思って」日常的なモチーフをたくさん選んだという。その話を聞いて「アメリカン・ポップ・アート」展(2013,国立新美術館)で見たクレス・オルデンバーグ(Claes Oldenburg 1929-)のバットの作品を思い出した。それは人の背丈よりも長く柔らかいバットで、布やビニールで日用品を象ったソフト・スカルプチャーシリーズの一つだった。彼は60年代当時、そのバットを振り回して町中を歩き、野球をするパフォーマンスを行ったという。オルデンバーグは日用品をラージスケールにつくり変えた巨大な彫刻が有名だけれど、偶然性を尊重した演劇的出来事「ハプニング」(※)を行うアーティストとしても知られている。その、日常とアートの境が曖昧なところにある何かに私は惹かれていた。そしてこれからつくられようとしているTHERIACAの展示は、そういったものを連想させながらも、私がまだ見たことのない領域へ向かっている。濱田さんにオルデンバーグの話をすると、次のように話してくれた。

濱田「そういわれてみれば私には、服を通して日常にハプニングを起こしたいという気持ちがどこかにあると思う。劇場や映画館とかに非日常を体験しにいくのもおもしろいと思うけど、その人の暮らしのなかで何かが起ったらおもしろいな、と。だからTHERIACAの服にもひそかに違和感を仕込むことがあって、私の服を着ている人から“この服を着ているとよく声をかけられる”と聞いたりすると、すごくうれしいんです。それは何かが起きたということ、違和感が効いているということだから。今回は機能的な服をつくらなくてはいけない、という制限がない状態でつくれたので、違和感だらけかもしれません。服をつくる仕事をしていると、アイデアをセーブすることなく表現してもいい機会って、あんまりないんです。でも今回は、いつも以上に新しいことに挑戦して、自分の間口を広げるという作業が大胆にできた。つくっていてとても楽しかったし、こういった作業から新しい発見や次のコレクションにつながるようなアイデアも生まれてくるんだなあと改めて思いました。とても有意義な制作時間でした」

服として削ぎ落としていく

 今回の展示では、「もののかたちの服」の他に「ベッドシーツの服」と呼ばれる平面の布一枚で構成されるシリーズなど、約50の服を展示し、日常を想起させる空間的なしかけも考えた。また、服と合わせて写真家の大森克己さんが撮り下ろした写真作品も展示される。その写真は展覧会図録『THERIACA 服のかたち/体のかたち』にも収められている。

濱田「図録には私のアイデアノートの一部も収録されています。本のデザインは服部一成さん。凝ったつくりの本を考えてくださいました」

アイデアノートより。コラージュ、ドローイング共に本人によるもの。(展覧会図録『THERIACA 服のかたち/体のかたち』に収録)

 新作の写真を見ていると、一つひとつがユニークでありながら、着る人の個性を際立ててもいる。斬新だけど、デザインが主張しているというわけではないんですよね、というと、濱田さんは少し考えて「着てほしいからかな」といった。

濱田「よく“どんな人に着てほしいですか”と聞かれるのですが、年齢も職業も問わず、わたしの服に興味をもってくれた人なら、誰にでも着てほしい。多分私には、おもしろいと思っていることを共有したいという気持ちがすごくあって。そのおもしろさって、誰かに着てもらって初めて共有できるんですよね。だから、一人でも多くの人に着てもらって共有したいと思っているのかもしれない」

「誰にでも着てほしい」というのは、ターゲットや市場分析から入るアパレルのブランディング手法をくつがえすような考え方だ。そんな風に自由な制作スタイルを維持できているのは、ベルリンという環境も手伝っているのかもしれない。2014年にベルリン発のブランド「BLESS」のインターンとしてベルリンに来た濱田さんは、現在BLESSや同じくベルリンを拠点とするブランド「ANNTIAN」で仕事をしながら、自身のコレクションを発表し続けている。最近はアーティストのAA Bronsonの制作を手伝うこともあるらしい。そこにはファッション界特有の熱気も、流行を追いかける気風もないけれど、デザイナーやアーティストたちとの創造的な交流がありそうだ。「ベルリンは落ち着いてものづくりに取り組めるのもいい」と濱田さんはいう。

いまは展覧会の準備に忙しい彼女だが、じつはもう作品を日常着に落とし込むことを考えている。

濱田「今回つくったものをさらに削ぎ落としていって、日常着に落とし込んでみたいと思っています。着れることの喜びやおもしろさを知ってしまったから、やっぱり誰かに着てほしいんですよね」

 誰かの日常で本領を発揮する、服というもの。もちろんすべての服がそうなのだけれど、THERIACAの服づくりには明確な終わりすらなく、そのデザインもコンセプトもずっと世界にフラットに開いているような気がする。

※ハプニング:芸術形式を表わす言葉として使用される「ハプニング」は、主に1950年代後半から60年代を中心に行なわれた伝統的芸術形式や時間的秩序などを無視し、偶然性を尊重した演劇的出来事。
出典:artscape  

展覧会図録『THERIACA 服のかたち/体のかたち』
アートディレクション:服部一成 写真:大森克己 販売:torch press ヘア:原康博(LIM) メイク:神崎ひかり(LIM)

特別展「THERIACA 服のかたち/体のかたち」
会期:2018年7月27日(金)〜9月9日(日)
会場:島根県立石見美術館展示室C
開館時間:10:00〜18:30(展示室への入場は18:00まで)
休館日:毎週火曜日(ただし8月14日は開館)
観覧料:一般300(240)円/大学生200(160)円/小中校 無料

※( )内は20名以上の団体料金一般300(240)円/大学生200(160)円/小中高生無料 *障害者手帳保持者およびその介助者は入場無料
http://www.grandtoit.jp/museum/theriaca/

展覧会図録『THERIACA 服のかたち/体のかたち』(販売中)
本展覧会で展示した新作に加え、デザイナー濱田の発想の源が垣間見えるノートなどを収録したTHERIACA初のイメージブック。
アートディレクション:服部一成
写真:大森克己

発売:torch press
http://www.torchpress.net/
https://www.instagram.com/torch_press/