次の記事 前の記事

Column

2023.08.04

しなやかで柔軟な、エナジーの姿。『花椿』2023年号 短歌「爛と凜」岡本真帆さんインタビュー

文/辻本力

花椿2023年号(No.831)「OUR ENERGY」に、短歌「爛と凜」を寄稿いただいた話題の若手歌人・岡本真帆さん。作品にこめられた岡本さんのエナジーに迫ります。

ただ元気なことだけが「ENERGY」じゃない。連作「爛と凛」を貫く、多様な価値観への想い

——今回のテーマは「OUR ENERGY」とのことですが、岡本さんはどのようなことを考えながら創作に臨まれたのでしょうか?

今回の花椿のテーマを聞いた時に、ただ元気なことだけが「ENERGY」じゃないよな、って思ったんです。いろいろな「ENERGY」があるぞ、と。なので、分かりやすくエネルギッシュな歌だけじゃなくて、「オン/オフ」でいうところの「オフ」な雰囲気の作品も、全体のバランスを見ながら加えていきました。タイトルについても、「爛々と輝く」といったぎらぎらとした光の印象がある「爛」と、「凜とした」のように清らかで、涼しげな印象をもつ「凛」から「爛と凛」と名付けました。

——つまり、対照的な文字を並べてみた、と。

はい。価値観は1つじゃない、ということを、このタイトルで表現したいと考えました。世の中には、人の数だけ価値観が存在し、私は、それをそれぞれ肯定したいと思っています。自分が「正しい」と思っていることだけが全てじゃない。そうした視点から「ENERGY」というテーマを眺めてみると、「多様さ」を柔軟に受け止める力こそが、自分にとっての「ENERGY」なんじゃないかな、って。

例えば、〈強がって得る強さよりしなやかでいたいなトランポリンのらんとりん〉などは、まさにそんな願いから生まれた歌です。最近、「回復力」や「しなやかさ」を意味する「レジリエンス」ということばをネットやビジネスの場でよく見聞きするようになりましたが、そうした柔らかな強さに私は美しさを感じているんだな、と作歌するなかで気づいていきました。

——「トランポリン」は、まさに乗る人を受けて返す柔らかさ、しなやかさがありますし、乗る人が自分で強弱を加減できる、という意味でも非常に柔軟な遊具ですものね。

そうですね。それに、「強さ」を求めるにしても、「ひたすら努力あるのみ」みたいな方向に頑張ってしまうと、ポキっと心が折れちゃうこともあると思うんです。それよりも、ちょっと息を抜いてみたり、異なる意見に出会ったときに「そういう考えもあるよな」といろいろな価値観を許容して、自分なりに折り合いをつけていく——そうしたしなやかなスタンスにこそ、本当の強さは宿るんじゃないのかな、と思います。

一瞬と永遠。「誰かの心にずっと残る歌」を求めて

——先ほど「価値観は1つじゃない」というお話がありましたが、〈好きな色好きに纏ってしわくちゃに笑えば好きな色が似合う色〉などは、そうした想いを「自己」に対してポジティブに向けた素敵な歌ですね。自分をエンパワーメントするような、大らかな力強さを感じました。

ありがとうございます。よく「あなたのパーソナルカラーは」みたいな記事を目にしますけど、そういうものに囚われすぎないで、好きな色の服を自由に着てもいいんじゃない?って、思うんですよね。もちろん、他人から見た自分が素敵に映るように、メイクやコーディネートを選ぶのも楽しいよね、という前提はありつつ。他人から見た自分を気にしすぎて不自由になってしまうよりも、好きな色が似合う色だと言い切るように、堂々と着ちゃえばいいじゃないかなと。「好き」という感情は誰にも邪魔できない、とても大切なものだと思うので。

——心の拠りどころになる、という意味では、「好き」も「強さ」につながりますものね。

「しわくちゃに笑えば」というのも、あまりおすまししていない感じがあって気に入っています。つくりこんだ美しい表情ではないかもしれないけれど、むしろ思わず破顔してしまった自然な表情にこそ、力強い美を感じます。

——それでいうと、〈うつむきも見上げもしない眼差しが美しいこと花にたとえて〉の「うつむきも見上げもしない」にも、そうしたゴーイング・マイ・ウェイな強さを感じます。

人が生きる上で、どういう姿勢でいるのが美しいのか、私なりに考えながらつくった歌です。自分に自信を持てずにうつむいてしまったり、あるいは何かに憧れて、対象を崇めるように見上げてしまうことは誰にでもありますよね。「ただ、ありのままの自分でいる」というフラットな生き方は、簡単なようでなかなか難しい。でも、だからこそ、それができる人に芯のある強さを感じて、憧れてしまうんです。

——〈雨季明けの世界の果ての暗がりで会うパフェグラス そこに永遠〉は、「雨季」ということばから連想されるウェットな感じと、冷えたパフェグラスの表面に生じる結露がイメージとしてつながる面白い作品でした。

グラスの表面の水滴が流れる瞬間って、日常の何でもない一瞬のことですよね。そんな何でもない瞬間なのに、なぜか忘れがたいものとして、心に残り続けることがあります。ある種の「永遠」として、心に焼き付いてしまう。短歌は、短いことばの中に「一瞬」を永劫に閉じ込めてしまう表現でもあります。また、だいたい100年くらい生きる存在である人間を「百年の風と記憶の容れ物」と言い換えてみた〈百年の風と記憶の容れ物として思い出すひとことがある〉は、「誰かの心の中に、ずっと残る歌をつくれたら」という、歌人としての私の、ある種の祈りのようなものが込められた作品といえるかもしれません。

人生は続いていく——。だからこそ、しっかり息継ぎを

——「爛と凛」は、来たる未来に対して、ポジティブな気持ちを抱かせる連作だなとも感じました。歌を介して、どんな「これから」を描きたかったのでしょうか。

時間は、基本的に過去から未来へ一直線に流れていて、不可逆です。形にすると線のイメージがあります。でも人生は、日常の繰り返しの積み重ねだったり、人の縁のような形でつながっていくようなこともあります。そういうところは例えると円の形をしている。〈日常にエンドマークはないけれどかわりに円くひかるあんぱん〉では、そうした生活の円環する有り様や次へ次へとつながっていくことを、日常の食べ物であるあんぱんをモチーフに表現してみました。日常には、映画のエンドマークのような分かりやすい終わりの合図は出てこない。緩やかに続いていく日常を、あんぱんのような日常的なものを「食べる」ことで生きていく。前向きに、次の1日へとつながっていく歌として受け止めていただけたら嬉しいです。

連作の最後の一首〈泳ぐとき、歌うときする短くてたしかな息継ぎに祝福を〉も同じく、「つながっている」「続いていく」というテーマで作った歌です。歌っている時や泳いでいる時の息継ぎって、前に進むための休息、という共通点があるじゃないですか。息継ぎをしなければ、物事を続けていくことも、人として輝くこともできない。人生が楽しいことばかりだったらいいけれど、もちろんしんどいこともたくさんありますし、時にはままならないことと向き合わざるを得なかったりします。それでも、日々は続いていく。だからこそ、立ち止まったり、適度に休む。そして、自分も他者もちょっとでも心地よく過ごせるよう、みんながしなやかな強さを纏って、うつむくでも見上げるでもなく、まっすぐ前を向いて颯爽と歩いていけたらいいですね。

撮影/北尾 渉

2022年発行の第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)

岡本 真帆

歌人

歌人。1989年生まれ。高知県・四万十川のほとりで育つ。広告会社のコピーライターとして働くかたわら作歌を開始し、Twitterで発表する短歌は毎回多くの反響を呼んでいる。2022年発行の第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)は、2023年4月時点で累計17,000部。歌集として異例のヒットとなる。同世代の歌人・上坂あゆ美と互いの歌集の感想を綴り合った『歌集副読本』(ナナロク社)も話題となった。
https://twitter.com/mhpokmt