先月行われた第74回ゴールデン・グローブ賞で功労賞といわれるセシル・B・デミル賞を受賞した際のメリル・ストリープのスピーチをご覧になった方も多いと思う。
通常、映画祭のスピーチといったらこれまでの役者人生、および力を添えてくれた人への謝意が述べられるものだが、今回のストリープの発言は少し、というかかなり趣きが違っていた。
多数のメディアをとおして世界中に発信される、影響力あるその場で彼女が伝えたかったことは、映画産業を支えるさまざまな国籍の俳優たちへの賛辞と、先月第45代米国大統領に就任したドナルド・トランプへの警鐘だった。詳しい場面はこちら(Youtubeページに遷移します)でご覧いただくとして、そこで彼女が選んだ衣装はデザイナー、リカルド・ティッシによるジバンシィ2017年春夏コレクションの黒のロングドレス。養分を含んだ天然鉱物を想起させるビジューを深い胸元にあしらったミステリアスな魅力を放つ衣装に身を包み、気高くスピーチする彼女の姿に重なって見えるものがあった。
それは、ただいま公開中の映画『未来を花束にして』のことで、これは19世紀後半から20世紀初頭にかけてイギリスで起こった女性たちによる女性たちのための参政権獲得運動、「サフラジェット」の物語。サフラジェットは2012年のロンドン・オリンピック開会式の演目の中にも取り入れられた英国を象徴する歴史的な事象で、ストリープはその運動の実在の伝説的指導者、エメリン・パンクハーストを演じている。その劇中、ストリープはパンクハーストとして、彼女の思想を信奉する女性たちのために演説をしているのだった。
物語は、キャリー・マリガン演じる主人公、モード(上部写真、右)がサフラジェットのメンバーに出会うことで次第に自らが置かれている環境を認識、本来の人間らしい在り方を求めてサフラジェットの活動に参加していくようすを、当時の女性の社会的境遇や、男性からの視線などをリアルに表現しながら描いている。
「かつての女性が置かれた環境はまさに“鳥かご”でした。朝から晩までの辛い労働、家に帰っても育児と家事とに追われ、女性は往々にして囚われていると感じていることが多かったと思います」と語るのは、映画の公開に際して来日したヘレン・パンクハースト。彼女はエメリン・パンクハーストのひ孫で、自身も女性や子どもの貧困解決を支援するNGO団体「ケア・インターナショナル UK」のアンバサダーを務めている。
映画の冒頭に描かれる女性たちはことばも少なく、ひたすら目の前の仕事に従事していて、自らの存在を隠すようにひっそりとしている。その静けさを打ち破るサフラジェットの行動は、街のショーウィンドーに石を投じたり、彼女たちの意見に耳を貸さない議員の別荘に火をつけたりとかなり過激なもの。
「パンクハースト家で、代々受け継がれている教えがあります。『ことばより行動を』というモットーです。これはエメリンが常に口にしていた信条で、静かにしていることを暗黙の了解とされていた当時の社会で、問題に対して行動を伴って立ち向かおうというメッセージが込められていました」。
実際、映画のなかに出演をし、物語の制作にも深く携わったヘレン・パンクハースト。「この映画を作ることは新しい歴史を発見することでもありました。みなさんが最後にご覧になる実際のサフラジェットの映像は長らく失われていたもので、そこに写る実際の女性たちの姿を私たちはいままでに見たことがありませんでした。そのように、この映画はサフラジェットの活動の力を見せてくれます。これはフェミニズムの証であると同時に、映画を越えて、いま、ほかの国々に影響を与えて、広まりつつある行動主義に基づく抵抗の歴史であり、共有すべき歴史だと思います」。
劇中のハイライトシーン、エメリン・パンクハーストの演説シーンについて。「バルコニーに登場するエメリンが美しく装っていたことに気づきましたか? 当時サフラジェットの活動を批判するひとたちの意見に『女性らしくない人たちだ』という意見がありました。それに対して、彼女たちは女性らしく装うことで対抗の気持ちを表したのです。その“女性らしく”とはけっして男性に媚びるものではなく、女性性に誇りをもつような自然な女性らしさだったのですが、それには女性らしくあっても政治的意見をもつことができる、という意思を込めていました。赤い口紅も強い女性の、その象徴なんですよ」。
劇中のパンクハーストに現実のストリープの姿が重なる。意思あるファッションは、まとう人をひとまわり大きくするようで、装いに力を得、ことばはさらに力をもつ。
「劇中の女性たちはかごの中の鳥ではありますが強さと弱さの両面をもっています。物語の過程で彼女たちは活動に参加したことによって、社会的に不利な状況に置かれることになりますが、そのたびに強くたくましくなっていきます。未来のために、自らを覆うかごを破っていった。そのことに大変価値があるのです」。パンクハーストは今後も活動を続けていく。
自らの正義と美しく装うことを武器にして、権威に立ち向かっていったパンクハーストとサフラジェット。その姿はメリル・ストリープをとおして私たちの心に響いている。
(Cover Photo : Givenchy by Riccardo Tisch)
※文中、敬称略