ショーが終わったあとのバックステージは、ショーの余韻に浸るまもなくメーキャップ用具の後片付けなどの撤収作業に追われる。通常、モデルはメークを落として次のショー会場に移動する(今回は最後のショーだったので帰途に着く)のだが、今回、その作業になかなか取り掛からないモデルがいた。「私ほんとうにこのメーキャップが好きなの! 落としたくない!」と言っている。彼女のメークは、濃いパープルのアイシャドウにローズのリップを合わせて、ほお骨にそって鮮やかなホット・ピンクのチークが大胆に走っている。ヘアはブロンドのソバージュをバンダナでハーフアップする、いわゆる80年代のスタイルである。
ミキオサカベが今シーズンのテーマに掲げたのは時代のリミックス。1970、1980、1990年代の要素を集めて、再編集したコレクションだ。80年代を象徴する、肩を強調したボックス・ジャケットや、上半身のシルエットが大きいにぎやかな西海岸風のパターンのワンピース、歌謡曲をラブリーに歌い上げる歌手さながらのスパークルなミニドレス、そして90年代のロング&リーンなノースリーブ・ジャケットスタイルなど、時代が偲ばれるルックが登場。足元はすべてハイパー・プラットフォームで統一され、各ルックがフィギュアとして強調されている。デザイナーの坂部三樹郎は「各年代のすてきなところを集めてみたらどうなるか、試してみた。70年代風、80年代風、90年代風のルックがショーの連なりの中でひとつの風景に収まったときに、どんな気分になるのか。それを観客の方に感じてほしかったんです」と語るように、各年代が入り混じる光景は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三回分を一気に体感するような、楽しい錯覚があった。
「今回はメーキャップが超(!)重要なんです」と坂部が言うように、いつにも増してヘア&メーキャップの力が問われた今回のコレクション。資生堂トップヘア&メーキャップ アーティストの計良宏文をチーフに、岡元美也子、大久保紀子、鎌田由美子、鈴木節子らトップアーティストが集結し、各年代のスタイルを完全再現した。
まず、ヒッピースタイルが一世を風靡した70年代風のルックのミューズは、元祖“エンジェル”のファラ・フォーセット。向かい風を受けたようなフロントとサイドのカールが特徴的なヘアスタイル(通称、ザ・ファラ・フリック)にポイントを置き、メークはナチュラルに。西海岸の健康的なビューティを強調した。
80年代を表すのは西のマドンナ、東の松田聖子といった布陣(と並べてみると、80年代はバッド・ガールとグッド・ガールが共存した時代だったのだと実感)。時代の臨場感を出すために、ここでは実際に80年代に販売していた資生堂の「インウィ」を使用。淡いミントグリーンのカラーやライオンヘア(逆毛を立て、そこに強力なヘアスプレーをたっぷり塗布して作るそう)が郷愁を誘う。
一転、90年代は当時大きな衝撃であっただろう、メゾン マルタン マルジェラが打ち出した女性像を参考に、ミニマルなメークやアーティスティックな印象の長く、厚い前髪、そして濡れたような質感のヘアでモダンなスタイルを再現。
バックステージにはそれら30年分のトレンドが完全再現され、マドンナたちとファラ・フォーセット、さらにマルジェラ風クール・ビューティたちが談笑する奇跡的な場面が見られた。
今回とくに際立っていたのは、モデルたちがとにかく楽しそうだったということ。普段、控え室でモデルたちは長きにわたる待機時間のため、たいていはむすっと下を向いてスマホをいじっているのだが、今回は自身に施されるメーキャップの行方を興味津々に目で追っていたり、お互いのメークを見比べて写真を撮ったりと大いに盛り上がっていたのだった。
90年代は別としても、70年、80年代というのはヘア&メーキャップに関して特異な時代だ。美容の力が最大限に活かされた時代ともいえるその時代の強く、過剰なメーキャップは、当時を知らない者にしてみれば異様な光景である。少し前であればそれは時代遅れとみなされていた節があるが、しかし、不思議なことに今はそれを素直にクールと受け入れる趣がある。かつてニュー・ロマンティックを象徴するミュージシャンがエッジの効いたヘアやへヴィーなメークを武器としていたように、華やかな化粧は人格に自信と力を与える。今回、モデルたちがみせた高揚感は、いまの時代のメーキャップへの肯定を表し、それがもつ力を再評価していることの表れでもある。コレクションのテーマ、時代のリミックスをとおして、ファッションと相即不離なビューティの可能性、そしてビューティの力を得てさらに魅力を増す人とファッションの力が見えてきた。
(花椿編集室 戸田亜紀子)