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Collection

2016.11.21

東京コレクションレポート Vol.11 HIROKO KOSHINO

文/花椿編集室

写真/細倉 真弓

毎週末に通っているテニス教室で一緒のUさんは、企業の文化活動部門に所属している。この秋は毎週末に各地で開かれる芸術祭を視察するため、その間、テニス教室はほとんど欠席されていた。先週末に久しぶりにお会いしたところ、三陸や愛知、瀬戸内、秋田、六本木等々、さまざまな地域を巡っていたそうだ。アート大全盛である。

「アート」はそのように、今の時代を表す要素のひとつとして海外だけでなく日本中でもすっかりポピュラーなものとなった。モードの世界に目を移せば、アートは昔からコレクションの着想源として重宝されてきたし、それこそオートクチュールはアートそのものともいえる。そして一方で、「スポーティ」というキーワードも見逃せない。世界で活躍するトップモデルのジジ・ハディッドやケンダル・ジェンナーらはその健やかな美を称えられ、彼女たちのスポーティ・シックを極めたアスレジャー・スタイルが注目を集めるようになって久しい。

そんな「アート」と「スポーティ」を今季のテーマに掲げたのが、ヒロコ コシノだ。20世紀初頭のキュビズムにインスピレーションを得、洋服とフェイスをキャンバスに見立てて大胆に創造性を発揮した。

まず、目を惹いたのがメーキャップ。「ピカソのキュビズムをイメージに、左右に異なる表情をつくった」と語るのは資生堂トップヘア&メーキャップ アーティストの鈴木節子。額からあごにかけてアイライナーで境界線を描き、左のまぶたにはミントグリーンのシャドウ、右のほおにはピンクのチークを塗布。眉の印象を薄め、片方の眼下には不自然に長いつけまつげをつけて、表情に陰影をつくる。口紅も完全に塗りきらないことで、全体の不均衡さが際立つ。

チーフの鈴木節子

全70体のルックは、ひとりの芸術家がさまざまな影響を受けてスタイルを進化させてゆくように、色やフォルムのバリエーションを展開していった。始まりはシックに、モノトーンとエンジ色を中心としたスタイル。放物線を描いたようなラインが入ったノースリーブのロングドレスやショートパンツ、トップスなどはからだによくフィットし着心地がよさそう。



その静けさを破るように、今回のコレクションのキーとなるキュビズム風のアイテムが登場する。シルエットは大きく、左右非対称でアンチ・フォルム。素材にはハリがある。体の線を大きくはみ出すコートやドレスの全体に直線と波線のラインが縦横に走り、その境界線はピンクや赤、青に染められている。大胆さはそのままに、黄色と黒のコンビネーションやモノトーンのストライプ、デニム、茶を基調としたアースカラーが続々と登場。抽象画のようなシルクスクリーン風のオブジェクトや規則性のあるパターンプリントの一連のルックはさながら「アートをまとう」ことを体現したような印象だ。



そして最後は潔く、白と黒のトーン・オン・トーンの連なりでフィナーレを迎えた。スポーティなジッパーつきのジャケットやキャップはゴールドのプリントで施されたりつばが長めだったりとエレガントな仕様に施され、ともすると重厚な印象を受けがちなキュビズム調は、カラフルなバリエーションや風をはらむ軽やかな素材で充分に気軽なものとなった。

ショーのようす。額縁のようなところをモデルは歩く

今回のテーマとなった「アート」と「スポーティ」。想像性と身体性という手法の違いはあれども、人間性の発露・表現という意味でそれらは同義だ。どちらも心を研ぎ澄ます、という共通点もある。ファッションを大胆に楽しむという表向きのメッセージの裏側に、予測不可能な今の時代に対して「アート」と「スポーティ」を伴って生きていく、そんなことばも聞こえてくるようだ。

(花椿編集室 戸田亜紀子)

細倉 真弓

写真家

東京/京都在住
触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。写真集に「NEW SKIN」(2020年、MACK)、「Jubilee」(2017年、artbeat publishers)、「transparency is the new mystery」(2016年、MACK)など。
http://hosokuramayumi.com