春らしい軽やかさを湛える服に身を包んだ彼女たちはみな、泣いていた。
「戦争など大きな悲劇のない豊かな国で、日々、静かに蓄積していく小さな不安や孤独感を乗り越える物語を作りたかった」。デザイナーの岩田翔氏がそう語るこのコレクションのテーマは“leave(去る・出発する)”。前向きな物語の中につくりこんだひとつの悲しみ、その涙は、そのような抑圧された感情との葛藤を象徴的に表している。
語らずとも感情を伝えるその涙はもちろん演出で、これはグロスをブラシで塗布してつくる。肌はナチュラルに、かつ光に映えるように立体的に。感情的な状態を経て新しい自分を見つけていく、その時間の経過を、乾きはじめの状態のような無造作なヘアスタイリングに託した。
ゆったりとしたロングシャツとハリのあるハーフパンツのルックで始まったコレクション。シャツの袖口にはレースアップが施され、その先はほどけて風になびいている。胸元のボタンをやや広めに開けたり、裾を半分だけタックインしたり、ラフな着こなしが彼女の自由な気風を表している。つづく黒色のライダースジャケットには同じく袖口と肩口にレースアップがあしらわれ、また、柔らかな着心地のグレーのワイドパンツ(それは裾に深いスリットが入っていて足さばきがとても快適そう)を合わせることでレザーの緊張感が和らいでいる。激しい部分と優しい部分、さまざまな素材と色のコントラストは、アンヴィヴァレントな感情を伴いながらも新しい一歩を踏み出す女性の多彩な内面を描写している。
ファンシー糸を織り込んだカットジャカードや絣染めをしたシルク糸で織ったというツイードなどのオリジナル素材は洋服に生きた手触りを与え、それは木々や風、光などの自然の息吹を感じさせる、有機的なものを連想させた。その連なりは女性を支えるやさしい存在のようにも見える。
白やサックスブルー、濃いインディゴや赤、黒など色の対比が激しい序盤から、徐々に色味はやさしいアーストーンに。ラストは虹を思わせるシースルーの鮮やかな七色の光が全体を包む。ショーは女性が葛藤を乗り越え、次第に世界に向けて心を開いていく物語であるかのように、服自体の透過性を高めていった。
フィナーレを迎え、会場となった 淀橋教会(新宿区)にはCoccoの歌声が響いた。心に葛藤を抱きながらも美しく生きる。そんな強く儚い女性たちへのメッセージをその歌の中に聴いた。流れた曲は「Raining」の方だったけれども。
(花椿編集室 戸田亜紀子)