アントワープの旅を続けましょう。
1980年代後半、〈アントワープの6人:アントワープ・シックス〉(the Antwerp Six)と呼ばれるデザイナーたちがファッションの世界に躍り出て、注目を集めました。そのクリエーションは、90年代にはファッション業界を魅了し、大絶賛されます。
アントワープ王立芸術学院(Koninklijke Academie voor Schone Kunsten Antwerpen)出身のデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)やアン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)たちの、若き日です。
マルタン・マルジェラは、その大きなモードの波をつくった〈アントワープの6人〉のひとり。2021年の秋に日本でも公開された映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』(Martin Margiela: In His Own Words)でも、その才能や非凡さを知ることができました。
そう、アントワープは、フランドルの毛織物産業の繁栄を経て、さらに新しい才能あふれるデザイナーたちを輩出する、歴史あるモードの地なのですね。
その地のモード博物館(MoMu : Mode Museum Antwerpen)では、世界で活躍する、王立芸術学院出身のデザイナーたちの作品を見ることができます。
改装のため、ここ数年は休館していましたが、2021年9月に再オープンしました。いつか訪れる楽しみのリストに入れておきましょう!
散歩を続けると、白い壁になにか書かれていました。
文字が、樹木の形に書かれています。これは、アントワープの現代の詩人たちによるもの
で、詩人たちのプロジェクトの一部だそう(Antwerpen Boekenstad)。
思えばベルギーは19世紀後半には、象徴派の詩人たちも、夢幻をつむいだ地でした。
たとえば『青い鳥』(L’Oiseau bleu、1908年初演、日本語訳では堀口大學訳、新潮文庫版など)。チルチルとミチル、2人の兄妹の登場する、私たちもよく知っている童話劇です。
その作者メーテルリンク(Maurice Maeterlinck、1862年~1949年)も、象徴派を代表する作家です。(象徴派は、Vol.6のブルージュでも少しだけ登場しました)
フランドル語、フランス語での読み方はそれぞれありますが、日本では、メーテルリンクと呼ばれることが多いでしょう。
その著作は多岐にわたっていて、じつはノーベル文学賞もとっている、国民的大作家です。
『青い鳥』のお話のなかで、チルチルとミチルは、幸せの鳥を探す旅に出ます。そして、死者たちの国や、生まれる前の青い服を着た子どもたちの国などを通っていくのです。
妖精や精霊たちの登場する童話とはいえ、ちょっと不穏な、怖い世界も出てきます。夜の世界で出会う樹々は、人間に激しく怒っていました。
そうした目に見えない存在たちの棲む世界は、地上から離れて、神秘的で美しく、まさに象徴派の物語の息づく世界。
彼は語ります。
「魂ほど美を渇望するものはない」
(『貧者の宝』山崎剛訳、平河出版社、Le tresor des humbles 、1896年)。
メーテルリンクの書いた戯曲『ペレアスとメリザンド』(Pelléas et Mélisande、1892年、日本語訳では杉本秀太郎訳、岩波文庫版など)は、オペラにもなっています。
夢のように美しく不幸な恋の物語は、発表された当時、人々をうっとり、夢中にさせました。
さらには、昆虫や植物を描いた、博物誌的な作品『ガラス蜘蛛』(L’Araignee de verre、1932年、日本語訳では高尾歩訳、工作舎)の、おもしろいこと!
水中の生命にも、じつはそれぞれに物語があるのですね。
たとえば、ミズグモ。
潜水服みたいな空気のカプセルや、水中の空気部屋をもっているなんて、もしかしたら人間よりも進化しているのでは?
あるいは、セキショウモ。
わが身を犠牲にして成就する、壮絶な婚礼のドラマ…。
水中に生きるための知性やその生涯は、私たちを驚かせます。
メーテルリンクは、彼ならではの魅惑的な描写で、さらにそこからはるか遠くへ、私たちの想像を誘います。古生代シルル紀の記憶や、生命誕生の秘密にまでも。
アントワープはそんなふうに、造形芸術だけでなく、言葉の芸術も育んできました。
Vol.9でも見てきたように、ここは、出版や印刷の歴史を誇る街。
詩や文学のスピリットは、そうした風土で、ちゃんと受け継がれていくのですね。
夢や、永遠や、未知や、神秘や、美や、愛や、そして、自由に向かって、歌っていくために。
さて、象徴派の話で長くなりました。けれど象徴派も、北欧やケルトの物語をもつ土地だからこその、スピリットの果実のひとつと言えるかもしれませんね。
次回はまた、北欧神話のお話をご紹介いたしましょう。