『花椿』2020年夏・秋号より、中国語版を刊行し、中国国内15都市にて配布をスタートさせました。これを機に、『花椿』中国語版の制作にご協力いただいている、上海のクリエイター集団「文化力研究所」の代表で編集者の令狐磊(ロッキー・リアン)さんに、中国でいま注目のアートやカルチャーについてをマンスリーでレポートしていただきます!
女性は数多の歴史の記憶を内包するとても豊かな存在
中国古来の水墨画は国画とも称され、現代アートの領域における新しい水墨画は新水墨と呼ばれています。今回は、モダンな新水墨画アーティストとして人気の高い彭薇(ペン・ウェイ)を、日本の皆さんに紹介したいと思います。
2000年に現代アートの舞台に登場したペン・ウェイは、当初から伝統芸術のポップアート化というユニークな手法で注目を集めていました。私が監修を務める『生活月刊LIFE MAGAZINE』というカルチャー誌の表紙に、ハイヒールをモチーフにした彼女の作品を採用したこともあります。この作品をつくった当時、彼女はある友人から「靴の上に絵を描くという手法は、アンディ・ウォーホルもやっていたこと」と言われ、気落ちしたこともあったそうですが、その後、「大事なのは、以前に誰も描いたことがないものを描くことじゃない。芸術は発明品じゃないから。大事なのは今、誰がそれを描いているかということ」という考えに至ったと語っていました。
天津の南開大学大学院で哲学を学び、雑誌社で仕事をしていたこともある彼女の創作の根本には哲学と文学があり、水墨画に関しては父親から受け継いだ遺伝的な面もあると言います。が、彼女が一番大切にしているのは、ただ好きだから描くという純粋な気持ちです。「何の欲もなくアマチュアとして絵を描いていた時間が好きでした。画家を職業にする必要なんてない。だって毎日絵の前に座っていたら、それはもう画家でしょ? 海外の詩人はみんな公務員だった。カフカだって公務員だったのよ」
現在、広東美術館で行われていた彼女の個展『女性空間Feminine Space』には、新型コロナウイルスの自粛期間に創作した作品なども含めた近年の代表作が展示されています。特に目を引くのは、壁から飛び出すような、あるいはヴェネチアで見る孤独な彫刻のような、『Hi-Ne-Ni(ヘブライ語で「私はここにいる」の意)』という作品です。マネキンを麻紙で覆い、そこに密画の画法で物語を刻んだこの作品について、彼女はこう語っています。「食物や水はどのようにして血肉になり、皮膚はどのように痛みと喜びをもたらすか。死から生まれ変わるように、人々は毎日どのように夢から目覚めるのか。この体躯に深く入り込むことで、日常の普遍的な出来事の中にある隠喩や奇跡を体感できます」
伝統的な水墨画を用いたアート作品は、中国には数多くありますが、実はそのほとんどが男性による作品で、彼女のように現代女性の意識や思索を命題とした作品をつくっている女性アーティストはとても希少です。「女性は数多の歴史の記憶を内包するとても豊かな存在なのです」とも、ペン・ウェイは語っています。
毎年、美術大学を受験する女性は、比率で言えば男性より多いのに、アーティストになる素質を持っている多くの女性はなぜ消えてしまうのでしょう。そこには中国の保守的な社会の風潮が少なからず影響していると言えます。ある学者が2000年と2010年に中国の女性の社会的地位について調査し、10年間の変化を研究したところ、多くの人の考えが伝統保守の方向に回帰していることが明らかになりました。民営の美術館では女性が館長になることも増えていますが、アートの世界における女性の立場は平坦なものではありません。
現代に生きる女性たちにとって、彼女のような女性アーティストの存在は重要です。南斉時代(*1)の有名な妓女、蘇小小(*2)が囁くような歌声を西湖から響き渡らせたように、夢と現実の間で伝統的かつ柔和な女性を描くペン・ウェイは、時代を超えた対話を通して、混沌を打ち破る声を発しているのです。
*2 銭塘(いまの浙江省杭州市)出身と言われている有名な歌姫。彼女の名は唐代以降多くの文人の詩などの作品に取り上げられている。彼女の墓は西湖畔に建てられ、いまもなお人々に語り継がれている。
彭薇(ペン・ウェイ)
中国現代水墨画アーティスト。1974年四川省成都生まれ。北京在住。南開大学大学院哲学課修士。2000年の『遺石』シリーズをきっかけに絵画、映像、写真、インスタレーションなど多様な形式で数々の作品を発表。国内外で高い評価を得て、作品はサンフランシスコアジア美術館、クリーブランド美術館、ボストン美術館、ニューヨークブルックリン美術館、中国博物館、スイス・ウリ・シグ・コレクション、フランスDSLコレクションなどに収蔵されている。